かたかたとキーボードを叩く音が室内に響いている。 しかし、それは自分には真似できないくらいのリズムを刻んでいた。そして、それを奏でている人物の横顔も真剣そのものだ、と言っていい。 そんな彼の表情も好きだ、とシンは思う。 少し照れたような表情もはにかんだような微笑みも、悲しげな表情ですら、キラのものであれば好きなんだよな、とも付け直した。 でも、とシンは心の中で呟く。 一番好きなのは、自分を見つめてくれるときの少しはにかんだような表情だよな……とそう思う。 でも、最近は、それだけじゃ物足りないような気がするのは錯覚だろうか。 もっと違う表情も見たい。 というよりも、あの先の表情を見たい、といった方がいいのか。 それなのに、とシンはため息をつく。 「触れるのはいいけど、その先はダメか……」 まぁ、それでも十分といえば十分なのだろう。というか、それで満足しているカップルも多いらしい。自分だって、キラがおずおずと触れて刺激をしてくれるだけであっさりと達してしまうのは事実だ。 それだけでもいいんだけど、さらに……と望むのはワガママなのだろうか。 こんなことを考えて、小さなため息をはき出したときだ。 「暇なら……少し出てくる?」 自分は当分、ここにこもるから、シミュレーションや何かをしたいのであればかまわないよ、とキラが言う。 「じゃなくて……ちょっと悩み事」 くだらないことだから……と取りあえず付け加える。本心を言えば、まったくくだらないことだとは思っていないが、キラに知られたくないことでもある。 「そう?」 こう言いながらキラは微かに首を横にかしげた。さらりと流れ落ちる髪の毛の動きもきれいだな、とそう思ってしまう。 「話だけでも、してみる? それだけで、気持ちが楽になるかもしれないし」 話していることで問題点が整理できるかもしれないよ……とキラは口にした。 「……えっと……それはいいです」 問題点も何もわかっているから、とシンは慌てて自分の目の前で手を振ってみせる。しかし、シンの仕草が気に入らなかったのだろう。キラは少しだけ頬をふくらませた。 「僕じゃ、頼りにならない?」 そして、こう問いかけてくる。 だからといって、本当のことが言えるかというと、そんなことできるわけがないだろう、という結論にしかならない。本人に『貴方とエッチをしたいんだけど、どうしたらいいのか』なんて聞けないに決まっている。 「そういうわけじゃなくて……」 しかし、何と言えばいいのだろうか。 「自分で解決しないと、意味がないことかなって思うんだよ」 だから、と無難なセリフを口にしてみる。 「本当に?」 しかし、キラはそんなシンの言葉を信用していないようだ。微かに目をすがめるとこう問いかけてきた。 「本当」 「僕に関係しているから、じゃないの?」 いいわけをしようとしたシンに、キラはさらにつっこんでくる。その瞬間、シンの表情が強ばってしまう。 「やっぱり」 しまった、と思ったときにはもう遅い。 「だったら、余計に聞かせてもらわないと……」 でないと、何をして上げればいいのかわからない……とキラは付け加える。 「だって……」 キラに言えば言ったで、彼が困るだろうことがわかっているのに、とシンは思う。 「それとも……言えないくらい、僕が嫌い?」 だからといって、そういうことをいうのは反則ではないのか。シンはそんなことも考えてしまう。そういわれたら、白状しないわけにはいかないだろう、とそう考えるのだ。 「じゃなくて……好きだから、困っているだけ」 キラと自分の『好き』の度合いの違いに……とシンは仕方がなく白状をすることにした。 「シン君?」 予想もしていなかったセリフなのだろう。キラが驚いたようにシンの名前を口にした。 「俺は、キラさんと最後までしたいけど……キラさんは、今のままでいいんだよな」 キラの体の負担を考えれば、それはそれで当然なのかもしれないけど……とシンは呟く。 「……シン君……」 その言葉に、何と言えばいいのか悩んでいるような表情をキラは作る。だが、すぐに彼はシンを真っ直ぐに見つめてきた。 「あのね……シン君は、やり方、知っているの?」 女性との経験があるけど、男性とは敬虔ないんだけど……とキラは呟く。 「キラさんに経験があったら、驚くよ、俺」 女性経験に関してはキラからちゃんと聞いているし、キラの年齢ならあったとしてもおかしくはないだろう。もちろん、まったく嫉妬しないわけではない。でも、相手が既にこの世の人間ではない、ということも含めて我慢できる、と思う。 「そういう君はあるの?」 好奇心なのだろうか。キラがこう問いかけてきた。 「……アリマセン……」 そんな余裕はなかったし、キラが相手でなければ、男とそういうことをしようとなんて考えない。シンはぼそぼそとそういう。 「だったら……」 「やり方は知ってる……フラガさんやバルトフェルド隊長が、おもしろがって……その手のビデオ、見せてくれたし……」 HOW TO本まで貸してくれた、とシンは蚊の鳴くような声で付け加えた。 「あの人達は……」 何を考えているんだ、とキラは呆然としている。 「ごめん」 「君が謝ることじゃないと思うんだけどね」 ともかく、あの二人にはあとで報復をしてやろう……とキラは呟いた。 |