「でも、何でいきなり……」
 もう少し待ってくれればいいのに、とキラは呟きを漏らす。
「キラさん」
 そんな彼に向かって、シンはおずおずと声をかけた。
「ごめんね、シン君……ちょっと時間をくれるかな」
 話はするけど、その前に気持ちを整理したい、とキラは付け加える。
「……別に、俺は……キラさんが話したくないことなら、聞かなくてもいい」
 それでそんな辛い表情をされるくらいなら、とシンは口にした。それよりは、今までのように笑いかけてくれるだけでいい、とも。
 その笑みが消えるなら、何も知らないままでもかまわない。そうも考える。
「そういってくれて嬉しいけど……多分、これからあれこれ聞かされると思うから」
 自分の側にいれば、とキラは少しだけ悲しげな微笑みを浮かべた。
「だから、先に僕の口から話してしまった方がいいかな、ってそう思うだけ」
 そうは思っても、なかなか口に出せない内容だから、とキラは続ける。
「……わかりました……」
 彼がそこまで言うのであれば、それ以上反対はできない。それでも、キラの辛い表情は見ていたくないんだけど……とシンは思う。
「その代わりに……」
 ふっとあることを思いついて言葉を口にし始める。
「何?」
 しかし、途中で言葉を切ってしまったせいか。キラはどうかしたのかというように小首をかしげてみせる。
「抱きしめていてもいい? キラさんを」
 そうすれば、キラも落ち着くのではないか……と付け加えれば、彼は微かに頬を染めた。
「シン君!」
「変なことはしないって。たんに、抱きしめたいだけ」
 人のぬくもりや心臓の鼓動って、側にあると安心できるから……とシンは付け加える。少なくとも自分がそうだし、キラも、一緒に眠っているときは安心したような表情をしているから、と付け加える。
「……シン君」
 ひょっとして、寝顔……とキラは呆然とした表情で問いかけてきた。
「起こすときに、当然、目にはいるって」
 多少、堪能させてもらっていることは否定しないが……と心の中で付け加える。
「……もう、シン君の前じゃ恰好付けられないって事か」
 いいけどね……と呟くキラの肩をそっと自分の方に引き寄せた。彼の方も逆らうようなそぶりは見せない。その事実が嬉しい。
「本当に、キラさんが話したくなければ、話さなくていいから」
 ね、とシンは囁きながら、キラの髪に指を絡める。
「……何か、シン君は僕を甘やかすのが得意だね」
 そうすれば、キラは小さな声でこう呟く。
「僕の方が年上なんだけど」
「……そんなこと関係ないんじゃないかな。好きになった相手を甘やかしたいって思う気持ちは、誰にだってあると思うし」
 マリューだってあのフラガを甘やかしているではないか、とシンは言い切った。
「そういわれると、否定はできないかな」
 あの二人も、いろいろとあったから……とキラは微苦笑を浮かべる。その一つが《ネオ》の存在なのだろうか。シンはそう思う。だとするなら、それを含めて受け入れられるマリューの存在は凄いな、と感心したくなる。
 同時に、同じ事を自分ができるだろうか。そうも考える。
 できなければ、キラは自分から離れて行ってしまうかもしれない。
 それはいやだな、とも思う。
 第一、キラはこんな自分でも受け入れてくれたし……何よりも、過去のことだろうとそう自分に言い聞かせる。
 出会った後ならともかく、出会う前のことであれこれ言うのは自分勝手じゃないか。そうも考えるのだ。
「でも、マリューさんは女性だし……女性の場合、母性本能って言うのがあるって言うから」
 あのカガリですらあるらしい……と言うのは何なのか。
「いいの、キラさん」
 そんなことを、カガリに聞かれても……とシンは思わず聞き返してしまう。
「自分で言っていたんだから、大丈夫じゃないかな」
 カガリの場合、自分で言っても他人から指摘をされれば怒り狂う可能性もあるけど……とキラは付け加える。そのせいで、どれだけ苦労したか……とさりげなく視線を彷徨わせていると言うことは、それなりに振り回されていると言うことか。
「まぁ、日常のことだけマシかな」
 それも甘えられているって事なのかな? とキラは先ほどまでと別の意味で首をひねって見せた。
「……まぁ、アスランには甘えられないですからね……」
 あの男の場合、甘えてもキラ以外は無視しそうだ、と思う。
「カガリの言葉なら聞くかもしれないけど……カガリの方が絶対にそんなところを見せないだろうね」
 カガリも、そういう意味では意地っ張りだから……と自分のことを棚に上げるようなセリフをキラは口にする。
「普通なら、ふった相手に甘えられないだろうし」
「って、あいつの方がふったのかよ」
 てっきり、キラのことを忘れられなかったアスランが、カガリに別れを持ち出したとばかり思っていた……とシンは呟く。
「……アスランが振られたんだよ。帰ってきたときに」
 ケガが治ってから、遠慮なくグーで殴ってたな、カガリ……とキラは苦笑を浮かべる。
「……漢らしい……」
 女性に向かって言うべき言葉ではないとはわかっていても、そうとしか言いようがない。
「アスランの方が女々しいかもね」
 まぁ、それもたたき直されるかもしれないけど……と付け加えたキラの表情は、最初よりも軟らかいものになっていた。