「……取りあえず……最後にあえてよかったよ……」 アスランはこう言いながら、少しだけ強ばった微笑みを口元に刻んでみせる。 「次にいつ会えるかわからないからな」 今だって、直接顔を合わせているわけではない。それでも、キラと話をすることが許されただけでもいいのだろう、とそう思う。 『アスランが頑張って、世界に目を向ければ……すぐじゃない?』 顔だけはいいんだから、とほめているのかどうなのかわからないセリフをキラは口にした。 『僕だけじゃない。もっと他のものを見て……それで見つけたことをメールで教えてよ』 そのくらいなら、カガリも他のみんなも許してくれると思うよ……と言うキラの口調は、いつもと変わらない。その中に含まれている親しさも、だ。 それで我慢するしかないのはわかっている。 だが、それ以上が欲しかったんだよな……とアスランは心の中で呟いてしまう。 「そうだな」 本当に、この気持ちを振り切れるのだろうか。 わからないが、キラを失わないためにはそうするしかないんだろうな……とアスランはモニターを見つめながらそう考えていた。 アスランを含めた者達が、キラ達の元を後にしたのは、翌日のことだった。 「……終わった……」 ともかく、とキラは呟きながらデスクに懐く。 「ご苦労様でした、キラさん」 くすくすと笑いを漏らしながら、メイリンがそんなキラの前にコーヒーを差し出した。その瞬間、キラが微かに体を強ばらせる。 「大丈夫よ、キラ。それはバルトフェルド隊長がブレンドしたものじゃないから」 意味ありげな口調でミリアリアがこう言ってきた。その言葉にキラがため息をついたところから判断をして、何かあったのかな、とそう判断をする。 もちろん、最初の戦争の時二人の間に何があったのかは、シンも知っていた。 だが、それが原因ではないと思える。 「ちゃんとミルクも砂糖も用意してあるわよ。ブラックで飲めなんて言わないわ」 バルトフェルド隊長にばれたら『邪道』といわれるかもしれないけど、と彼女はさらに言葉を重ねた。 「……ありがとう」 確かにブラックは苦手だけど、面と向かって言われるのは……と呟きながらも、キラは体を起こす。そして、目の前のカップに砂糖とミルクを加えていく。 「……キラさんって、時々、ものすごく子供みたいだよな」 何か、凄く安心する……とシンは思わず呟いてしまう。 「シン君、あのね……」 そういわれても、とキラは反論をしようとしてくる。しかし、その唇をミリアリアがしっかりと塞いでしまった。 「……ミリアリアさん?」 何をしているのか、とシンは思わず聞き返してしまう。 「どうして、安心するのか、お姉さんに教えてくれる?」 キラのことは無視していていいから、と彼女は微笑んだ。 「だけど……」 「大丈夫。メイリンちゃんも、他の人には内緒にしてくれるわよね? あくまでもプライベートの事だ、ということでこの場の話にしておくわ」 それに、アドバイスして上げられるかもしれないわよ……とミリアリアは笑う。キラとの付き合いは、ここの中にいるメンバーの中では一番長いから……と言う言葉に、ちょっと心が揺れてしまう。 しかし、キラの反応も恐い。 「男らしくないぞ〜、シン」 さらにメイリンまでもがこんなセリフを口にしてくれた。 「どういう意味だよ、メイリン!」 「自分の中でグルグルしているから! 一歩間違えると、アスランさんになっちゃうぞ」 それは最大の脅し文句ではないだろうか。 というよりも、何故そこであの《アスラン》を比較対象に出すんだ、とシンは思う。キラはキラでその言葉に動きを完全に止めているし。もっとも、メイリンも自分のセリフのあまりの威力に驚いているようだった。 この場合、雰囲気を変えるのも自分の役目なのだろうか。壮観上げて、小さなため息をつく。 「だって、完璧な人だと、俺が手伝えること、何にもないでしょうが」 ぼそっとミリアリアの質問に対する答えをはき出す。 「シン君って、可愛いわね」 くすりと笑いを漏らすとミリアリアはキラの口を解放した。 「よかったじゃない、キラ」 本当に愛されているようで、と彼女は遠慮泣くキラの背中を叩いている。 「ミリィ、痛い!」 キラが思いきり彼女に苦情を言う。しかし、ツボにはまったらしい女性の耳にそれが届くか、というと別問題なのではないか。 「……ディアッカに、あれこれ愚痴ってやる……」 キラが恨めしげな口調でこう呟いた。 「ついでに、ミリィの失敗も全部ばらしてやる。誰かさんに送ろうとして握りつぶしていたメールの中身とか」 「キラ!」 それは何よ! とミリアリアが叫ぶ。 「プライベート侵害よ!」 「ミリィの行動は違うわけ?」 人のことをあれこれ聞きだそうとするのは……とキラは言い返す。 「それとこれとは別でしょ!」 キラに幸せになってもらいたいだけだし、とミリアリアは頬をふくらませた。 「……それとも、まだ、フレイのことが忘れられないの?」 声を潜めて告げられた言葉に、キラの表情が強ばる。 「……フレイ?」 誰、とシンは思わず呟いてしまう。その名前を耳にしたことはあったが、キラとの関係は誰も自分に教えてはくれなかった。 しかし、キラが恋愛を怖がっている理由はその相手にあるらしい。 「それは……キラに聞いて」 さすがに言いすぎたと思ったのだろうか。それとも、あまり公にするとはばかられると判断したのか。ミリアリアは言葉を濁す。 「キラが言いにくいって言うなら、私から説明するけど……その場合、私の主観が入るもの」 だから、キラの口から話をした方がいいと思う、と彼女は口調を変えて言いきった。 「ミリィ……」 「シン君のためにも、話をするべきだわ」 でなければ、今後、絶対に困ったことになる、と彼女は付け加える。 「取りあえず、私とメイリンさんはここから出るし……緊急事態がない限りはここに連絡を入れないようにバルトフェルド隊長達に頼んでおく。だから、ゆっくりと話をして」 にっこりと微笑むミリアリアとは正反対の表情をキラは作った。 「……ミリィ……最初から、しくんだね?」 「そうしないと、いつまでも逃げるでしょう、キラは」 それではダメだという結論になったの、と彼女は付け加える。 「……カガリもラクスも、共犯なんだ」 ため息とともにキラがこうはき出す。 「ご想像にお任せします」 くすりと笑いを漏らす女性には、絶対勝てない。改めてそう認識してしまうシンだった。 |