ふっとキラがため息をつく。
 よくよく見れば、顔色もよくないように感じられた。
「キラさん……」
 疲れているのだろうか。それとも、体調がよくないのか。そう思いながら、シンは口を開く。
「何?」
 即座にいつもの微笑みを作ると、キラは言葉を返してくる。そういうところも無理をしているのではないか、とシンはふっと思ってしまった。
「疲れていませんか?」
 ともかく、確認をしないと……と思って問いかける。しかし、口から出たのは直球勝負のそれだった。それに気づいた瞬間、シンはどうして自分はそうなのだろうか、と考えてしまう。もっとうまい問いかけ方があるだろう、と。
「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だよ」
 こう問いかければ、キラがこう言い返してくるだろう……と言うことは十分にわかっていたのに、だ。
「でも、顔色悪いですよ。そういえば、今日、ご飯は食べたんですか?」
 ともかく、何とかしてキラの顔色が悪い原因を探らないと……と思ってさらに問いかけを重ねた。ここで彼に倒れられたら自分たちは大混乱に陥ることは目に見えているのだ。
「……ご飯……」
 シンの言葉に、キラはふっと小首をかしげる。だが、即座に視線を彷徨わせ始める。
「食べていないんですね」
 というよりも、彼の場合忙しさにかまけて食べるのを忘れていた、という方が正しいのかもしれないが……とシンはため息をつく。
「いつから、ですか?」
 最近わかったことだが、パイロットとしての実力やシステムの構築、そして、他人に対する気遣い等に反比例するように、キラは自分自身に対してはかなりいい加減なのだ。
 というよりも、生活能力は皆無、といった方がいいかもしれない。
 はっきり言って、食事を抜くぐらいはまだ可愛い方だ。
 だが、そんな生活をいつまでも続けられるはずはない。
「いつからって……昨日の、お昼は食べた、かな?」
 夜は自信がないけど……と呟くキラに、シンはため息をつく。
「フラガさんがいなくなってすぐ、ですね」
 ということは、今まで彼がキラの生活を管理していたと言うことか。あるいは、ラミアス艦長もかもしれない。
「そういうことなら、ご飯にしましょう。俺も付き合いますから」
 その後でも、十分システムを修正する時間は取れるだろう。あるいは、その間に実際に機体を使ってテストをする準備をしてもらってもいいのではないか。
 以前も同じように新型の開発に関わっていたせいだろう。そう言う点の段取りということに関してはシンは手慣れている。
「今の段階で何かあった場合は、ザクで出ればいいだけのことですし」
 だから、食事にしましょう、とシンは付け加えながらキラの腕を掴む。そして、少し強引に立ち上がらせた。
「シン君!」
「俺も付き合います。ちょうど、腹減ってきたし」
 だから、食べに行きましょう……と少し強めの口調で言う。
「わかったから……でも、保存しないと」
 うかつに表示したままでこの場を離れられない……とキラは口にする。それは当然だろう、とシンも納得をした。それに、キラがこういった以上、約束を反故にしないはずだ、とも。
「……早くしてくださいね」
 保存するだけですよ、と思わず念を入れてしまったのは、万が一の時のことを考えてだ。
「……わかっているって」
 その一瞬のためらいは何ですか! とシンは心の中で呟く。
 同時に、彼の日常をきちんと見張っていないとダメか、とも思う。でなければ、本気で倒れかねないな、とも。
 少なくとも、フラガ達が帰ってくるまでは、自分がその役目を担うべきだろう、とも。
 バルトフェルドでもいいのだろうが、彼は彼で忙しそうだし。今一番、キラと一緒の時間を過ごしているのは自分なのだ。
「終わりましたね? じゃ、行きましょうか」
 キラの手元を見ながらシンはこう口にする。
「本当に君は……」
 ぶつぶつと呟きながらも、キラは素直に立ち上がった。その手を、シンはしっかりと握りしめる。
「こんなことをしなくても、逃げないよ?」
「俺がしたいんです」
 こう言えば、キラは無理に手をふりほどこうとはしない。
 何か、キラにお願いをするときのこつがつかめたような気がするのはシンの錯覚だろうか。
「本当……キラさんって、大人っぽいのか子供っぽいのか、わからないですよね」
 強いのはわかっているけど、と呟く。
「僕は、強くないよ……多分」
 その呟きにキラはこう言い返してきた。
「本当に強いければ、もっと別の道を選べたかもしれないしね」
 それに、と彼は付け加える。
「きっと、一人では何もできないから」
 みんなが協力をしてくれるから、きっと、自分はこうしていられるのだ、とキラは微笑む。
「今は、シン君もいてくれるしね」
 だから、心強い……と付け加えてくれる言葉が、シンにはとても嬉しいものに思えた。