昨日のあの慌ただしさはいったい何だったのか。 そういいたくなるくらい、今日は予定通りの日程をこなすことができた。 「……拍子抜け……」 こう言ってはいけないのだろうが、と思いながらも、シンはこう呟く。 「そういうなって」 せっかく、平穏に時間が流れているんだから……とフラガが苦笑とともに声をかけてくる。 「それに、言霊っていうのがあるんだろう? そう考えると、下手なことは言うなって」 何かあって苦労するのはキラだぞ、と言われてしまえばシンとしては口をつぐむしかない。 「まぁ、起きてこられただけでも凄いがな」 キラの場合……とそんなシンの様子に気付いているだろうに、フラガは楽しげに口にする。それがどういう意味か、シンにもわかっていた。 「あんたなぁ……」 「いや、俺がお前さんの頃は、もう、我慢なんてできなかったからな」 好きな相手と同じ部屋で眠るなんて状況になっていたら……と彼は付け加える。 「キラさんが、疲れてたんだから……仕方ないだろう」 自分よりもキラの意志の方が優先だし、とシンはぼそりと口にした。それに、今はまだ側にいられるだけでいい、と自分に言い聞かせる意味も含めて呟く。 実のところ、夕べ――というか今朝――はかなりきつかったのだ。 しかし、自分を信頼しきった表情で眠っているキラを見つめているうちに、そんな気持ちも消えてしまった。 むしろ、その眠りを守りたいと思ってしまった辺り、もう末期症状かもしれない、とシンは心の中で呟く。 本気で好きなんだよな、といつも認識させられるのだ。もちろん、それが嫌なわけではないし、もっともっと好きになりそうだという気持ちもある。そして、自分の場合、好きになった相手は何をしても守りたいと考えてしまうのだ。それが、軍規に違反することでもかまわないとまで言ってしまうのは、やはりまずいんだろうな……と今なら言える。 「そういうところも、キラがお前を気に入ったところかもな」 決断した後は早いが、それまでにいろいろと悩むのがキラだ。その悩む時間を見守っていられないような人間では、キラは負担にしか思わないはずだ、とフラガは笑う。 「ちなみに、後者の例はアスランな」 自分が側にいない間もそうだったんじゃないかな……と思うんだ、と彼はその表情のまま付け加える。 「だから、俺、ですか?」 「ちょっと違うな。キラが興味を示したから……という方が大きい」 あいつが誰かを手元に置きたい、っていったのは初めてだからな。だから、その希望を叶えて、ついでに背中を押しただけだ……とフラガは口にする。 「もっとも、お前さんが使えないようなら、さっさと追い出していたがな」 パイロットとしての資質ではなく、キラのフォローができるかどうかと言う観点で、という言葉は正しいのだろう。それも、キラに知られないようにやったに決まっている。 「……過保護?」 キラが彼等を称してこう言っていたが、シンも改めてその事実を認識させられたような気がした。 「何とでも言ってくれ」 キラを幸せにするのが、自分たちの義務だ、と彼は言い切る。それは、彼を戦争に巻き込む原因を作った者達の共通した認識だ、とも。 彼の言葉がどういう意味であるのかは、シンもわかっている。 それでも、だ。 「やっぱり、過保護」 自分たちが認めた相手としかキラを付き合わせないというのは、彼にとっていいのだろうか、とそう思ってしまう。 「何とでも言え」 しかし、シンの言葉をさらりと受け流してしまう辺り、さすが……と言うべきなのだろうか。 大人の余裕というのとは違うよな……と心の中で付け加える。 その時だ。 「ムウさん。シン君」 移動しましょう、とキラが声をかけてくる。どうやら、ここでの予定は終わったらしい。 「はい」 次はどこを査察する予定だったろうか。そんなことを考えながら、シンはキラの側に駆け寄っていった。 彼等が次に向かったのは、MSデッキだった。 その場には、ルナマリアをはじめとするパイロット達、それに整備クルーが勢揃いしている。ということは、あちらの処理は現在ここにいないアークエンジェルのメンバーが完全に引き受けていると言うことだろう。 「みな、昨日はご苦労だった」 彼等を前にして、彼女は微笑みとともにこう告げる。その表情からは、一番最初にあったときのような不安定さは見かけられない。やっぱり、それなりに成長しているんだな、とシンは改めて心の中で呟いた。 「昨日の様子を見て、安心できたしな」 お前達なら心配はいらないと思っていたが、と付け加えるカガリに、オーブ側のパイロットが嬉しそうな笑みを浮かべる。 「これからも、協力して頑張ってくださいませ。期待していますわ」 ラクスもまたそんなカガリの後に続いてこう告げた。それだけで、ザフト側の人間も同じような表情を作る。 「大丈夫だよ、二人とも。ここにいるみんな、お互いに欠点を補い合える人たちばかりだから」 しかし、一番影響力があるのは、やはりキラの言葉だろう。 全員の雰囲気が、それだけで引き締まるのだ。 そういうキラの側にいられることが誇らしい。 これが、みなの共通した気持ちなのだろう。もちろん、それに関してはシンも同じだとわかっている。 「皆様の活躍が、世界の平和を少しでも長らえるのだ、とそう思ってください」 平和が日常になれば、きっとそれは恒久のものになるだろう。ラクスはさらにこう付け加えた。 「時間を取らせてすまなかったな。後は、仕事に戻ってくれ」 カガリの言葉に、キラも頷いてみせる。それを合図にそれぞれが今日の予定に合わせた行動を取ろうと移動を開始した。 「というわけで、お楽しみに行くか」 それを見送ったところで、カガリが表情を変える。 「カガリ」 何を言っているんだよ、とキラも親しいものにだけ見せる柔らかな表情を作って言葉を返した。 「あら。今回の一番の目的はそれでしてよ」 ところが、意外なことにラクスまでもがこんなセリフを口にする。 「貴方が本気で取り組まれた機体ですもの。フリーダムやジャスティスのようにNジャマー・キャンセラーは組み込まれていませんが、それに変わるシステムを作られたのでしょう? そして、パイロットがシンですもの」 興味を持たない方がおかしい、とラクスは微笑む。 「エリカ主任だけじゃなく、ファクトリーも興味津々だったらしいからな」 今頃、マードックが大変かもしれない。この言葉を耳にした瞬間、キラは盛大にため息をついていた。 |