「……何か……やっと、一日が終わったって感じ」
 あの部屋で寝ることは不可能だろう。そういう結論に達して、またシンの部屋に戻ってくることになってしまった。
 それについて、シンに文句はない。
 しかし、その前段階がとても疲れたような気がするのは気のせいだろうか。
「そうだね」
 キラも同じ事を考えていたのだろう。同意の言葉を口にしてくれる。
「でも……アスランのためには、いい結果になった、のかな?」
 これで、彼の中に巣くっていた厄介な偏見が消えてくれればいい。そうすれば、また、昔のように兄弟のような関係に戻れる日が来るかもしれないから。
 こう言って微笑むキラを見ているうちに、シンの中で少しだけ苛立ちが生まれる。
 キラにとってアスランが《特別》だということはわかっているつもりだった。
 しかし、今までは、それにあぐらをかくようなアスランの行動しか見ていなかった――と言うよりは見せつけていなかったと言うべきか――から、それを気にすることがなかったのだ。
 しかし、それが片づいたと思った瞬間、シンの目には別のものが映し出されてしまう。
「まぁ、これで、アスランの心配はしなくていいけど、ね」
 多分、とシンの様子に気付かない様子でキラは言葉を重ねた。
「そうだといいけど」
 でも、とシンは吐息とともにそっとはき出す。
 俺のことは、そんな風に考えてはくれないんだろうな。
 こうして側にいられるだけでもいいと思っているのに……とそうも思う。これだって《特別》なのではないか。どうやら、周囲も自分の味方をしてくれているようだし。
 それでも、もっともっとキラにとっての《特別》になりたいんだけどな……と勝手なことを考えてしまう。
 ある意味、恋愛は麻薬に似ているのだろうか。
 一度手を入れてしまえば、それだけで満足しなくなる。
 だとするなら、アスランの気持ちも納得できるかもしれない、とそんなことを考えてしまう。
「大丈夫でしょう。今度同じようなことをやったら、本気で見捨てる予定だし」
 アスランもそれはわかっているのではないか。キラは微笑みながら、こう告げる。
「議長も恐いと思ったけど、キラさんも恐いかも」
 そういうところも好きだけど……とシンはしっかりと付け加えた。
「ほめられているのかな、それ」
「本音だったんだけど」
 やさしいだけの人間より、きちんと悪いときには悪いと言ってくれる人間の方がいい。それも、少し恐いくらいの方がきちんと糾弾をしてくれるだろうから、とシンは付け加えた。
「議長もキラさんも……できないことは悪くても言わないじゃん」
 そういうところも恐いけど素敵だと思うし……と微笑む。
「俺個人の好みからすれば、キラさんの方が魅力的だし」
 だから、と付け加えたときだ。
 キラの顔がそっと近づいてくる。そう思った次の瞬間、頬に柔らかな感触を感じた。もっとも、それはぬくもりだけを残して、すぐに遠ざかってしまう。
「キラさん」
「ご褒美、かな?」
 今のセリフは嬉しかったから……とキラは微笑む。その頬が少しだけ赤く染まっていることに、シンはしっかりと気づいてしまった。
 でも、と思う。
「どうせなら、ここにしてくれればいいのに」
 こう口にしながら、シンは自分の唇を指さす。
「そんなことをしたら、本気で睡眠時間がなくなりそうだからね」
 朝、寝坊をしたらみんなに何を言われるかわからない、とキラは真顔で付け加える。
「……そっちの方かよ、問題は」
 シンは思わずこう言い返してしまう。
「僕もそう思うけど、後々を考えると、ね」
 さすがに今日の明日では他のみんなへの示しが着かないでしょう、とキラは苦笑を浮かべた。
「アスランがまた切れるかもしれないし?」
「否定できないよね、それ」
 こういう状況であれば、キラの言動を認めないわけにはいかないだろう。
「ったく……アスランのせいで、キラさんとキスもできなくなったじゃないか」
 つまんないの、とシンは思わずぼやく。
「それについては……まぁ、アスラン達が帰ってからでもいろいろと時間があると思うよ」
 いろいろと話をしたいこともあるし……とキラは付け加える。
「……そういうことにしておく」
 そこまで言われては、もう反論する気にもなれない。それに、確かに睡眠時間は必要だろうし、とそう思う。
「……着替えるの、面倒」
 軍服をまた脱いでパジャマを着るのは、とシンは呟く。そんなことをしても、また起きたら着替えなければならない。でも、キラも一緒である以上、裸で寝るわけにもいかないよな……と心の中で付け加える。そんなことをしたら、本気で我慢できなくなりそうだし、と。
「アンダーでいいんじゃない? 僕も着替えるのが面倒」
 このまま寝てもいいけど、しわになるし……といいながら、キラはあくびをする。
「そうだよな。もう、着替えなくてもいいか」
 アンダーでも着ていればきっと我慢できるだろう。シンはそう判断をして頷く。
「じゃ、決まりだね」
 これだけ疲れれば、よこしまなことを考えずにすむだろう。
「寝よ、もう」
 こう言いながら、シンはさっさと軍服を脱ぎ始める。その隣で、キラももそもそと動き出した。
 これが別のシーンならもっとよかったのにな。
 まだそう考えてしまう自分が、少しだけいやだと思うシンだった。