目の前の光景に、キラは思わず頭を抱えてしまった。
「キラさん?」
 慌てたようにシンが声をかけてくる。そんな彼に、大丈夫だと微笑みだけで告げた。
 そして、ゆっくりと網に包まれたままつり上げられているアスランへと視線を向ける。
「で、何をしていたわけ、アスラン」
 遊んでいるわけじゃないよね……とキラはため息をつく。
「当たり前だろう」
 さすがにきまりが悪いのか。アスランは視線をそらしながら言い返してくる。
「って事は何だ。ひょっとして、キラに夜這いでも仕掛けようとしたのか?」
 キラ達の背後からフラガがからかうような口調でアスランに疑問の言葉を投げつけた。
「……ただ、話がしたかっただけです。キラと二人だけで」
 そんなこと考えてもいなかった……と彼は続けるが、少なくともフラガとシンはその言葉を信じていないようだ。
「で、話を聞いてもらえないときは実力行使……かよ」
 ぼそっとシンがこう呟けば、
「過去の言動を考えれば、十分にある得るな」
 フラガが追い打ちをかけるように頷いている。しかも、アスランもそれ以上、反論してこない。ということは、そう考えていたと言うことなのだろうか。
「ともかく……僕の言葉はアスランの耳には届いていなかった……って事でいいわけ?」
 だからといって、ここできちんと話を付けなければならない。
 そう思って、キラはこう問いかける。
「そういうわけじゃない……ただ、話がしたかっただけだ」
 ひょっとしたら、もう会えないかもしれない。そう考えたら、最後にゆっくり話をしたかっただけだ。アスランはそう付け加える。
「……だったら、先に連絡を入れてくれればいいでしょう?」
 それをしなかったから、そうなったのではないか。
 こう言いながらも、キラは微妙な違和感を感じていた。アスランの瞳に宿る光が、今までとは微妙に違うような気がするのだ。
「そうしたら……絶対に邪魔してくれる奴がいるだろうと思ったからな」
 現実問題として、こういう状況に置かれているわけだし……と彼はどこか自嘲の笑みを浮かべた。
「そりゃ、自業自得だろう」
 何と言い返すべきか、と思ったときだ。不意にシンが口を挟んでくる。
「あんたの今までの言動を考えれば」
 ついでに、反省もしていないとみんなに思われれば、そのくらいは当然のことだろう、と彼はさらに付け加えた。それが事実である以上、否定することもできない。
 それに、とキラは心の中で呟く。
 ここで否定をしてしまえば、また同じ事の繰り返しだろう。
「そうだね。アスランでも、許されないことがある。それはいい加減、理解してもらわないと」
 公私混同は許されない。違う? とキラは微笑みを作る。何故か知らないけれど、こんな風に微笑むとフラガですらいやがるのだ。
「……キラ……」
 アスランも、そんな自分を初めて見た……と言うような表情を作っている。
「人にはそれぞれ立場がある。どんなに一緒にいたくても、立場上許されないこともあるって、アスランが一番よく知っているだろう」
 そのために、あの時、自分たちは別れることになった。
 別々の道を歩くかもしれない可能性に自分は気付いていたのに、アスランは違ったのか、とキラは口にする。
「あのころ、アスランがいなくて寂しかった。でも、それじゃいけない。アスランのことを懐かしがっているだけじゃ、前に進めない。そう考えたから、僕は世界を自分の目で見ようと努力をしたんだけどね」
 そうしてきた結果が、今の自分だ、と胸を張って言える。
 しかし、アスランはそうして努力をしてきた《自分》を全て否定するのか、とキラは彼に問いかけた。
 いや、自分だけではない。
 シンやカガリにらくす、そしてその他の者達がそれぞれ努力してきた事実もアスランは否定しようとしてきた。それは許せないと思う。
「……そうかも、しれないな」
 アスランが、初めて自分の非を認めるような言葉を口にする。
 絶対、彼がそんなことをするはずがない。
 そう考えていたらしいシンは、あまりに目を見開きすぎて今にも瞳がこぼれ落ちそうだ。そこまではいかないものの、カガリやラクスも驚きを隠せないという表情だ。
「それでも、俺にはお前が必要だったんだ」
 自分自身を見てくれる存在が……とアスランはため息をつく。
「でも、お前は違ったんだな」
 今日初めて認識したが……と彼はどこか寂しげに付け加える。
「……同胞の中に戻った君と、オーブとはいえ、ナチュラルの中にいることを選択した僕の違いでしょう」
 アスランとの思い出だけにすがっていられなかった……とキラは平然と口にした。その言葉にシンは納得という表情を作り、カガリは唇を噛む。
「もっとも、それも間違っていなかった……と信じているよ」
 お互いがお互いのことを知らなければ、いつまでたっても道が交わることはないとわかったから、と淡々とした口調で続ける。
「もちろん、みんな、わかり合えるわけじゃない。それでも、こうしてこの場に集まってくれた人もいる。だから、無駄じゃない、と僕は思っている」
 アスランも、そうして自分だけを見てくれる人を作る努力をしなければいけないのではないか。キラはこう問いかけた。
「なんだ? 友達百人作るまで、自分に会いに来るなって事か?」
 ディアッカがこっそりとイザークにそう囁いている声が耳に届く。
「そこまで言ってないでしょう?」
 どうして、そういう結論になるのかな、とキラは思わず言い返してしまう。
「そうだな。アスランの性格であれば五十人でも難しいぞ」
 おおまけにまけて、十人と言うところか……とカガリまでがこんなセリフを口にしてくれた。
「カガリ……」
「アスランのおしおきには丁度いいですわね、それも」
 さらにラクスまでこう言ってしまえば、もう反論することもできない。
「……二人とも……」
 アスランが呆然とこう呟く。
「ちゃんと確認させてもらうからな」
 どうやら、アスランの処罰は決まったらしい。誰もがこの瞬間、そう認識したのだった。