「あらあら」
 周囲に華やかな声が響く。
「ラクス嬢」
 確認しなくても、この場にいる者にはその声の持ち主が誰であるのかすぐにわかってしまった。ということは、カガリも一緒にいるのだろう。そう思いながら、アスランは視線をそちらに向ける。
「本当に皆さん、仲がよろしいですわね」
 小さな笑いとともにはき出された言葉にアスランは思いきり顔をしかめた。
 いったい、この状況のどこを見ればそんな風に言えるのか。
 だからといって、その疑問を彼女にぶつけるつもりは全くない。それよりも先にしてもらわなければいけないことがあるだろう、とそう思うのだ。
「まぁ、それは脇に置いておきましょう」
 それを察したのだろうか。ラクスは微笑みを消すとこう告げる。
「そうだな。誰かさんのせいで、キラの睡眠時間がなくなった」
 自分たちはいいが……と堅い口調でカガリも頷いて見せた。
「パイロットにとって、睡眠時間がどれだけ大切か……お前だってよくわかっているだろうが」
 キラはここの責任者であると同時にパイロットだぞ! と彼女は続ける。そんな彼の睡眠を奪うことが、ここにいる全員の命を危険にさらしたかもしれないんだぞ、とも。
「あぁ、アスランちゃんは、みんなにいじめられたからキラお母さんに慰めて欲しかったんだとさ」
 それがどうした、とアスランが反論する前にディアッカがとんでもないセリフを口にしてくれた。
「ディアッカ!」
「そういうことだろう? 要するに、キラに甘えて自分を受け入れてもらおうって言うことは」
 小さな子供がお母さんに許してもらおうとする気持ちと一緒ではないか、とディアッカは悪びれた様子もなく言い切る。
「イザークでさえ、エザリア様にそんな態度を取っていたらしいからな。幼年学校に入る前は」
 エザリアから聞いたから嘘ではないだろう、と付け加える彼の後頭部をイザークが遠慮なく殴りつけた。
「今はそんな話、関係ないだろうが!」
 そういうことを言うなら、お前の恥ずかしい話を全てハウ嬢に教えるぞ! とイザークはうずくまったディアッカを見下ろしながら付け加える。
「頼む! それはやめてくれ……」
 普段はイザークのフォローに走り回っているディアッカがこんな風にすがりつく様子は初めて見たかもしれない。そんなことをアスランは思う。
 同時に、自分とキラがこんな行動を取ったことはないのではないか。少なくとも、再びともにいられるようになってからは、一度も。そんなことも考えてしまう。
 あるいは、その時から自分たちは何か間違えていたのだろうか。
 そんなことはない、とは思う。
 だが、即座に否定できなくなってきていることも事実だ。
「アスラン」
 そんな彼の耳に、ラクスの厳しい声が届く。
「いい加減、現実を見つめられたらいかがです?」
 そろそろわかってきたのではないか、と彼女はアスランに決断を促す。それは、今までと変わらない彼女の態度だ。
 しかし、今まで以上にそれは重い意味を持っているようにアスランには感じられた。
 彼女の言葉を受け入れると、同時に待っているのは《キラ》との別離だ。
 自分には、それしか残されていないのに……それすらも失ってしまえばどうなるかわからない。
 そういう意味では、確かに自分はキラに依存していると言ってもいいのだろうか。
「キラが言いましたでしょう? 貴方は家族なのだ、と」
 私も同じ事を言われましたわ……とラクスは微笑みに少しだけ寂しげな色を含ませる。しかし、それはすぐにかき消された。
「家族、というのは友人や何かよりも強い絆がありますわ。キラもそういっていたのではありませんか?」
 何年離れていようと、家族は家族だ。
 確かに、キラはそういっていた。
 でも、自分の《家族》はそうではなかったではないか。アスランは、今はもういない両親のことを思い出しながら心の中で呟く。
 しかし、と小さなため息とともに続ける。
 キラの両親はそうではなかった。
 彼等の間に、実際には血のつながりはないらしい。それでも、間違いなくあの三人は《家族》だといえるのではないか。
 そして、ここしばらくの間は――ハルマは単身赴任で滅多に帰ってくることはなかったが――カガリはもちろん、自分やラクスも二人は子供として扱ってくれていた。
 そんな両親を見ているから、キラはああいったのだろうか。
 間違いなくそうだろう。
 キラが自分の家族を、何よりも大切にしていることを一番よく知っているのは自分だ。それだけは誰も否定しないだろう。アスランはそう考える。
「でも、俺は……お前の中で《特別》でありたかったんだ……」
 誰が何を言おうとも……とアスランは呟く。
「十分、特別だ……と思うがな、お前は」
 そうでなかったら、とっくの昔に絶縁されていてもおかしくはないぞ……とカガリはため息をつく。実際に、そうされている奴も知っているしな、とも。
「お前ぐらいだ。あれだけ盛大にキラを傷つけても、側にいられるのは」
 それは特別だということではないのか、と彼女はさらに付け加える。その言葉に刺があるのは、アスランの錯覚ではないだろう。
「まぁ、いい。キラを呼ぶか」
 今の姿を見てみれば、あいつも見限るかもしれないな。そういわれて、アスランは唇を噛む。確かに、この状況では申し開きができないと言うことはわかっていた。
「自業自得だろうな、それは」
 それでも、キラはチャンスを与えるのだろう、とカガリはため息をつく。
「何で、それだけじゃ満足できないんだろうな、お前は」
 自分なら、それで十分なのに。
 その言葉の裏にある彼女の憧憬に、アスランは初めて気が付いた。