適度な運動をしたからか。それとも腕の中にキラのぬくもりを感じているからか。
 その時まで、シンはぐっすりと眠りの中にいた。
 しかし、軍人として鍛え上げられた精神は、そんな状況の中でも些細なシグナルをしっかりと拾い上げてしまう。
「何なんだよ、まったく……」
 そうぼやきながらも、シンは慎重に体を起こす。そのまま、キラを起こさないようにベッドから滑り出た。
「……んっ……」
 離れてしまったぬくもりを探しているのか。次の瞬間、キラの手がシーツの上を彷徨い始める。
「無意識の方が素直なんだ……」
 バルトフェルド達が言っていたのはこのことなのだろうか。シンはついついそんなことを思い出してしまう。でも、それに浸っているわけにはいかない。
「俺です。ちょっと野暮用で起きるけど、キラさんはまだ寝てて」
 すぐに戻るから……とキラの耳元で囁けば、キラは安心したのだろうか。ぱたり、と手の動きが止まった。
 それを確認して、シンは静かに壁に付けられた端末へと歩み寄っていく。
「お待たせしました」
 端末を操作すると、声を潜めてこう告げる。
『おう。またされた』
 そうすれば、モニターにフラガの顔が映し出される。
「またされたって……起きてたんですか?」
 今まで、とシンは問いかけた。そうすれば、フラガは盛大に苦笑を作る。
『後十分でダコスタに押しつけて寝られたんだなが。あれが動いてくれたし』
 まぁ、寝入りっぱなにたたき起こされるよりはましか……と彼は続けた。
 ということは、やはり予想通りの行動を取ってくれたのだろう、アスランは。
「わかりやすい奴……」
 それとも、単純バカと言うべきなのだろうか。本当に、ミネルバの中で作り上げられた《アスラン・ザラ》のイメージを粉みじんに打ち砕いてくれるなぁ、とシンは心の中で呟く。
『本当。キラのことになると常識が飛ぶよ、あいつは』
 まぁ、そのおかげで、決定的な尻尾をつかめたがな……と彼は笑う。
『そういうことだから……取りあえず、しばらくあの二人がお小言大会を繰り広げるそうだからな。キラを起こすのは、それが終わってからでもいいかもしれん』
 女性陣としては、キラの前で罵詈雑言の嵐を繰り広げる気力はないのだろう。そういう彼に、シンはため息をついてみせる。
「今更、じゃないのか?」
『それでも、見栄、と言うものがあるらしいからな』
 キラの前で本性を出すのは嫌らしいぞ、とフラガは口にした。たとえ、それが無駄な努力だったとしてもだ……と言う言葉は何なのだろうか。
「わかった。取りあえず、キラさんはこのまま寝かせておくから」
 ぎりぎりまで、とシンは口にする。
『そうしてくれ。俺は、このまま待機だな』
 今回の被害者はダコスタとディアッカとイザークだそうだ……と言いながら彼が苦笑を浮かべる意味が、シンにもわかった。
「……俺、キラさんのそばにいられて平和だったかも」
 ラクスはともかく、カガリが本気で怒ったときの事は、一応見かけたことがあるし……とそう思う。
『俺も、な。ダコスタ達は不幸だろうが』
 まぁ、巡り合わせが悪かった……と言うことで諦めてもらうかという言葉に、シンは思わず頷いてしまった。
『じゃ、お前だけはちゃんと起きていてくれよ』
 キラには手を出すなよ、という言葉に、シンは思わず赤くなる。
「しねーよ」
 というよりできないと、シンは呟く。そんなことをして遅れたら、二人の怒りがこっちに向くだろう、とも。
『お前さんの理性に期待しておくよ』
 しかし、どうしてこの人は一言多いんだ。というよりも、どうしてキラの側にいる大人は一言多い人が多いのか。そう思って肩を落としてしまうシンだった。
 そのまま通話を終わらせると、シンはベッドの方を振り向く。
「キラさん……」
 ベッドの上に、彼が体を起こしているのが見えた。ということは、今の会話で彼の眠りを妨げてしまったのだろうか。
「アスランが、やったわけね」
 やっぱり、と彼はため息をつく。
「らしい、よ」
 シンもそんな彼に苦笑を返すことしかできない。
「取りあえず、ラクス様とあいつが責任を持っておしおきするって言っていたから……俺たちは待機だって」
 だから、もう少し寝ていてもかまわないと思うけど、とシンは付け加える。
「キラさん、まだ、目の下の隈が消えてないし」
 そんな状態で彼女たちの所に連れて行くわけにはいかない、と主張をした。
「俺、殴られるの、いやだから」
 誰に、と口にしなくてもキラにはわかってもらえるはず。
「この状況だから、カガリもそんなことはしないと思うけどね」
 もしそうだったとしても、僕が邪魔するから……とキラは微笑む。
「キラさん?」
「多分、思いとどまってくれるだろうし……アスランのまえでやれば、効果的かな?」
 とどめを刺すような形になってしまうけど、とキラは少しだけ悲しげな色を微笑みに加えた。
「わからないけど……アスランは、今のままじゃいけないだろうから」
 二度と心を開いてもらえなくなるかもしれないけどね、と彼は続ける。
「それでも、あいつは生きているから」
 生きていたら、きっと気付いてくれるよ……とシンは言い返す。生きてさえいれば、自分の非に気付くこともある。自分がそうだったから、とシンは付け加えた。
「そうだね」
 それならいいね……とキラも頷いてくれる。
「大丈夫だって」
 こう口にしながらも、シンは許可されるなら、一発ぐらいアスランをぶん殴らせてもらおう、と心の中でそう呟いていた。