「あんただけ、ずるいわね」
 食堂で顔を合わせた瞬間、ルナマリアがこう言ってくる。
「何がだよ」
 新型のことなら、自分ではなくキラ達の判断だぞ……とシンは心の中で呟く。
「あんただけ、キラさんのそばにいられることが、よ」
 しかし、ルナマリアの口から出たセリフは、シンがまったく予想していないものだった。
「ルナ?」
 何を言い出すのか、というようにシンは彼女の顔を見つめる。
「キラさんって、オーブ・ザフトに関係なく大人気なのよ。特に、昔からの人たちは保護欲って言うの? あれも含めて、キラさんのそばに行きたい人ばかりなんだって」
 もっとも、用もないのにそんなことできないでしょう、とルナマリアの代わりにメイリンが口を開いた。
「バルトフェルド隊長とフラガ一佐、それに初期からのアークエンジェルのメンバーは別格だけどね。その次に長い時間、キラさんと一緒にいるシンは、ある意味あこがれの的なのよ」
 キラさんに名前を呼んでもらえるというだけで……と彼女は言い切る。
「何言ってんだよ。メイリンだって、ルナだって、キラさんにしっかりと名前、覚えてもらっているだろうが」
 OSの調整中の雑談でよく二人のことが話題に出ているから、とシンは言い返す。
「そうなの?」
 とたんに、メイリンが瞳を輝かせる。
「あんた、適当なことを言っているわけじゃないわよね?」
 ルナマリアはルナマリアで、思い切りシンをにらんできた。
「人の失敗談とか恥ずかしい話とか」
 そんなの、知られたくないわよ! と彼女は言い切る。
「……まぁ、ないとは言わないけどな」
 そんなにひどい話はしていないつもりだ、とシンは言い返す。キラが喜んでいるんだからいいだろう、とも。
「さすがに……あいつのこととかは話題に出せないだろう?」
 自分たちの仲間の最後の一人。
 彼がキラに対しどのような感情を持っていたのかよく知っている以上、話題にはできない。キラもまた、あえてあのころの話を避けているように思えるのだ。
 そうなれば、話題は限定されてしまう。
「……それは、そうよね」
 確かに、キラ相手ではなくてもそんなことはしにくい。特に、自分たちは最後までデュランダル議長に従っていたのだし……とルナマリアは呟く。もちろん、それが原因で差別を受けるようなことはないが。
「あぁ、でもディアッカさんやジュール隊長と……アスランの話は聞いていて楽しかったかな」
 あのジュール隊長が、アスランに対してだけは敵愾心をむき出しにしているらしい、と言う話は笑っていいのかどうかちょっと悩んだが。でも、確かにあいつの存在はいらつきの元だよな……とシンは心の中で呟く。
「何、それ?」
「……詳しく話しなさいよ」
 即座に二人が食いついてくる。
 しかし、これは失敗だった……とシンはすぐに悟らされたのだった。

 噂をすれば影……と言うのだろうか。
 キラは彼等の話題にあがっている相手と通信を行っていた。
『だから、キラ。お前から頼んでもらえれば、カガリ達だって『ダメ』とは言わないと思うんだ』
 最初のうちはまだよかったのだ。普通の報告だったし。
 だが、それが終わった後、しつこくもこの話題を繰り返してくれている。
「その話は終わったはずだよ、アスラン」
 自分たちが現在の立場になる前に、とキラは言い返す。
「それに、君までこちらに来たら、オーブの防衛はどうなるの? 僕よりもカガリの方が危ない立場なんだよ」
 そして、今、オーブの代表である《カガリ》に何かあれば、間違いなくこの平和は崩れる。それは《ラクス》でも同じ事が言えるが、プラントよりもオーブの方が状況的に不安定なのだ。
 だからこそ、ラクスもアスランをプラントに呼び戻すことはしなかったのだろう。
『俺は納得していない、っていっただろう?』
 それにキラだって……とアスランは付け加える。どうやら、彼はまだ、自分たちの考えは重なると考えているらしい。そんなことはないと、誰よりも知っているはずなのに、だ。
「軍人である以上、どんな理不尽な命令にも従わなければいけない。そういったのはアスランだろう」
 そして、自分たちは今、軍人という立場にあるのではないか。だからこそ、上からの命令には従わなければいけない。それは良くわかっているだろう、とキラは付け加える。
『……キラ……』
「話がそれだけなら、これで通信を終わらせるよ。僕だって、暇じゃないんだ」
 アスランの愚痴に付き合っている時間はない、ときっぱりと言い切った。
『キラ!』
 アスランはさらに何かを口にしようとする。だが、キラはかまわずに通信を終わらせる。そして、ぐったりとシートに沈み込んだ。
「あいつも相変わらず、だな」
 本当に、と苦笑とともにバルトフェルドが声をかけてくる。
「というよりも、ますますひどくなったような気がします」
 終戦後、お互いが忙しくて顔を合わせる時間が減った頃から、とキラは付け加えた。
「開き直るには遅すぎた……という訳か」
 というよりも、それまでの過程が悪かった、ということだな……とバルトフェルドは笑う。
「あの?」
「あぁ、キラが気にする事じゃない。あくまでも、アスランの心の問題だからな」
 それにまでキラが責任を持つ必要はない、と彼は付け加える。
「それよりも、ヒヨッコの面倒はいいのか? いい加減、実地でテストをしないとまずいだろう?」
 モルゲンレーテからも技術者が着いたしな、という言葉に、キラは姿勢を正した。
「というと、あちらからのメンバーも?」
「一緒だ。今、フラガとラミアス艦長が出迎えている」
 自分よりもそちらの方がいいだろう……とバルトフェルドが口にした理由はわかっている。それでも、とキラは思う。
「なら、僕も顔を出した方がいいですね」
 確かに、自分はコーディネイターだが、ここの責任者でもある。そんな自分が直接出向いた方が、彼等も不安を少しでも早く解消できるのではないか。そう思ったのだ。
「そうだな」
 じゃ、俺も付き合うか……とバルトフェルドは笑う。それにキラは嬉しそうに頷いてみせる。
 その脳裏からは、既にアスランとの会話は消えていた。