「キラ!」 室内に足を踏み入れた瞬間、アスランはキラに駆け寄ろうとした。しかし、それをディアッカやフラガに遮られている。 「放せ!」 それが面白くないのだろう。アスランは遠慮なく暴れてくれた。しかし、それが小さな子供がだだをこねているように思えるのはどうしてなのだろう、とシンは思う。 「アスラン・ザラ!」 その時だ。 空気を切り裂くようにキラが厳しい口調でキラがアスランの名を呼んだ。その口調に、アスランだけではなくシンも驚きを隠せない。だが、フラガやバルトフェルド、それにイザークは当然だというような表情を作っていた。 「キラ!」 それでも、キラが自分の名前を呼んでくれたという事実が嬉しかったのか、アスランは笑顔になる。 「ディアッカに俺を離すように言ってくれ」 そして、こんな主張を口にした。しかし、キラの方は厳しい態度を崩さない。 「君は、何様なの?」 そして、こんな問いかけをアスランに投げつける。 「……キラ?」 さすがにここまでされれば、アスランにしても何か状況がおかしいと気づいたらしい。 「どうかしたのか?」 具合でも悪いのか、とぼけてみせるのはやはりどこか認識がずれているからなのか。それとも、相手が《キラ》だから、なのか。アスランの妄想の中の《キラ》はきっとこんなことはしないのだろう。 「それはこっちのセリフだよ」 だが、キラの方はしっかりと現実を見つめている。それでも、どこか厳しさを貫けないのは、きっと、アスランが幼なじみだからだろう。キラにそう思ってもらえるアスランが、ちょっとだけ憎らしいとシンは考えてしまった。今はそんなときではないとわかっているのに、だ。 「何の権限があって、ここで勝手な行動を取ってくれるわけ、アスラン」 君は、あくまでもオーブの軍人で、ここでは勝手な行動を取れる立場ではないとわかっているよね……とキラはアスランを問いつめている。 「だけど、キラ……俺は……」 「俺は、何?」 慌てて何かいいわけをしようとするアスランに、キラは微笑みとともに聞き返した。 「……本気で怒っているようだな、キラ」 ポーズだけかもしれないが、といつの間にか隣に来ていたカガリが呟いているのが聞こえる。 「いや、本気だな、キラさん」 シンは彼女にだけ聞こえるような声の大きさでこう告げた。 「目が笑ってないから」 自分も初めて見たけど……とシンは付け加える。 「アスランに対しては、私も初めてだな」 おそらく、本気で決意をしたからだろうな、キラが……とカガリは言い返してきた。自分のためではなくアスランのために、という彼女の言葉は正しいのだろう。 そして、その決意を促したのは自分たちなのだろう。 なら、どんな結果になろうとも自分たち――自分がキラを支えなければいけない。ついでに、アスランの悪意からも守らなければいけないのではないか。シンはそう思う。 「まぁ……今回のことはさすがにまずかったからな」 自分たちだけならばともかく、基地全部を巻き込んだ以上、キラにしても見過ごせなくなったのだろう、とカガリも頷いている。 「どのような結果になろうと、あいつに関しては私が責任を持ってたたき直すが、キラに関してはお前に任せるしかないんだろうな」 「あんた、何を……」 「キラが誰かに甘えるのは珍しい。それだけ、お前のことを必要としているんだろう」 個人的には引っかかるものもあるが、キラが幸せならそれでかまわないさ……とカガリは笑う。その態度は――女性に向かって言うべき言葉ではないのだろうが――ものすごく男らしいと思う。竹を割ったようなその態度は、どこかルナマリアに似ているかもしれないな、ともシンは心の中で付け加えた。 アスハでなければ、もっと好きになれたのかもしれない。そんな風にも思える。 「……キラさんのためだから……俺も、暴言は慎むようにする」 カガリに対して、と付け加えれば、彼女は微苦笑を浮かべた。 「何言ってるわけ、アスラン!」 その時だ。あきれたようなキラの声がシン達の耳に届く。 「いったい、君は僕をいくつの子供だって思っているのさ」 もう二十歳の男を捕まえて、そういうことを言うわけ? と彼はアスランをにらみつけている。 その周囲ではあのイザークもが信じられないものを聞いてしまったというように口を開いたまま固まっていた。ラクスもまた同様だ。ある意味平然としているのは、アスランの監視をしていたディアッカと、事前に話を聞いていたらしいバルトフェルドの二人だけかもしれない。 「……なるほど。それでバルトフェルド隊長が笑っていたんだな」 確かに、それじゃ笑うしかないな……とカガリはため息をつく。 「いったい、あいつは何を見ていたわけ?」 少なくとも、一年以上、キラの側で暮らしていたんだろう……とシンは口にした。 「だから、妄想の中に生きていたんじゃないのか」 でなければ、都合の悪いことは見ていなかったんだろう、とカガリが言い返してくる。 「残念だけど、好き嫌いなんてとっくの昔になくなったよ。ついでに、一人でもちゃんと寝られる!」 自分であれこれ判断を下すこともできる、とキラは言葉を口にし始めた。 「そうですわよ、アスラン。子供達と一緒に暮らしているのに、そんな教育に悪いことをカリダ様はもちろん、マルキオ様や私が許しておくと思いますか?」 さらに、ラクスも参戦する。 「でも、キラ……」 しかし、アスランはまだ何かを言おうとしている。 「僕はもう、アスランに守られていなければいけない子供じゃない!」 だが、キラはきっぱりとこう言い切った。 「アスランが僕たちのことを心配してくれているのは嬉しいけど、だからといって認められることと認められないことがある。それは、僕とカガリも同じ事だ」 違うの、とキラはアスランに詰め寄った。 「……だけど、キラ……」 「やっぱり、僕たちは一度離れた方がいいね」 アスランの言葉を最後まで聞くことなく、キラはこう告げる。 「キラ……キラは、俺を見捨てるのか?」 そうすれば、アスランは即座にこう問いかけた。 「見捨てるって、何でそういうことになるわけ?」 誰もそういうことは言っていないだろう……とキラは言い返す。 「離れると言うことは、そういうことだろう」 アスランはキラを見つめながらこういった。 「アスランは、僕にとっては大切な家族だよ。家族は……何年離れていても家族じゃないの?」 しかし、キラの方は真顔で言葉を返す。 「他の関係なら、それをつなぐ感情を失ったところで関係も終わるかもしれないけど……家族は、いつまで経っても家族だ。見捨てるとかそんなこと、あるわけない」 ただ、自分以外にも目を向けて欲しいだけだ、とキラは付け加える。いつまでも一人にしがみついているような関係がいいとは思えないから……とも。 「……キラ……」 「アスランのことを気にかけているのは僕だけじゃない。それがわかるまで……お互い、会わない方がいいと思うよ。でも、アスランのことを忘れるわけじゃないから」 そういって、キラは言葉を締めくくる。 「そうですわね。キラだけではなくアスランも、いい加減新しい人間関係を作らないとけないですわ」 「まぁ、私が見張っているからな。大丈夫だと思うまでは、付き合ってやるさ」 キラの家族なら、自分にとっても家族だからな……とカガリは苦笑を浮かべながら告げた。 「恋愛感情抜きでも、かまわないだろうし」 別段、そばにいるだけなら……と彼女は付け加える。 「キラさん」 だが、本当にそれでよかったのか……とシンはキラに問いかけた。そうすれば、キラはアスランに向けていた厳しい表情ではなく穏やかなそれで頷いてくれる。 「今はね。離れた方が良さそうだから」 いずれ、アスランがもっと別の視線で自分を見つめてくれるようになってから、もう一度ゆっくりと話をした方がいいだろう……とキラは付け加えた。それに関しては、シンも同意をする。 ただ、アスランの行動だけが不安だ、と思う。 シン達の視線の先で、アスランはただ、呆然と立ちつくしていた。 |