まるでタイミングを計ったかのようにバルトフェルドが戻ってくる。しかし、その肩が妙に震えている事にキラは気づいた。まるで、それは笑いをこらえているようだ。
 いや、実際に笑いをこらえていたのだ。
「……バルトフェルドさん?」
 何があったというのだろうか。そう思いながら、キラは彼に問いかける。
「いや、アスランの勘違いぶりがものすごくてな」
 メイリンが監視カメラでチェックしていたらしいが、呆然としていたぞ……と彼は付け加えた。
「……あいつの勘違いはお家芸だろう?」
 カガリがぼそっとこう呟く。
 それも何だかなぁ、とキラは思わずにはいられない。
「そんなんで、よく付き合ってましたね、あんた。あいつと」
 正直なのはシンの美点だが、こう言うときには少し考えて欲しい……とキラは焦る。カガリの怒りに火がつくのではないか、と心配になったのだ。
「あいつの勘違いに、こっちも振り回されただけだ」
 見た目だけはいいし、キラさえそばに置いておけば有能だったし……何よりも、キラの話を聞くのは楽しかったからな……とカガリは視線を周囲に彷徨わせる。
「あいつに対する気持ちが《恋》なのか《友情》なのか、その区別がまだ付かなかったことは否定しない」
 自覚したから、さっさと別れたが……とカガリは口にする。
「そうか。大人になったんだな、カガリも」
 そういう問題でもないのではないか、とバルトフェルドの言葉を聞きながらキラは考えてしまった。
「恋に恋する乙女の年齢は終了したなら、後はいい女になるだけだ」
 しかし、彼のこの言葉には妙に納得してしまう。それは、彼が思い浮かべている相手が誰なのか、わかってしまうからかもしれない。そして、今はいない彼女がとても魅力的だったということは、キラだけではなくカガリも認めるはずだ。胸の痛みがそれに伴うのは、まだ完全に割り切れていないからだろう。
「問題は、アスランにはそれができない……ということだな」
 というよりも、あれは成長できていないから厄介なのだ……とバルトフェルドはため息をつく。
「何かわかりましたの?」
 こうなるとラクスも興味を引かれないわけがない。こう問いかけた。
「キラ」
 だが、それには直接答えを返さずに、代わりにこう呼びかけてくる。
「はい?」
 何か理由があるだろう……と思いながらキラは聞き返す。
「にんじんが食べられるようになったのは、いくつの時だ?」
「はぁ?」
 だから、いったいどうしてそういうことになるのか、と思う。
「……多分、ヘリオポリスに行ってからかな? 生のにんじんが食べられるようになったのは」
「人見知りが治ったのは?」
「月を離れた頃、でしょうか」
 アスランがプラントに帰ってしまった以上、自分で対処するしかなくなったし……とキラは付け加える。
「お人好しと食が細いのは、まぁ脇に置いておいてだ……」
「……バルトフェルドさん?」
「それはお前が努力をしたからと、ヘリオポリスでいい仲間達にあえたから、だな」
 前半はともかく、後半に関しては否定できない。彼らがいたからこそ、自分はこうしていられることも事実。その中の一人は今もそばにいてくれるが、離れてしまった仲間達ともまたつながりが生まれていることも事実だ――カズイは技術者としての道を進んでいるそうだし、サイにいたってはオーブで官僚の卵になっている――そして、彼らがいたからこそ、自分はここにいる、とキラは思う。
「……アスランには、お前以上の友達ができなかったんだろうな、ある意味」
 それはきっと《ザラ》の名前が邪魔をしたのではないか。バルトフェルドはそ口にする。
「あいつがその枠からでなかっただけだ」
 それには、イザークがこう反論を返す。
「そういったら、ディアッカはどうする」
 あいつは友達が多いぞ、と彼は付け加えた。
「そういうお前はどうなんだ?」
 小さな笑いとともに、バルトフェルドがこう言い返す。次の瞬間、イザークは嫌そうな表情を作る。
「……表面上は、普通に接していたんだけどな、アスランも」
 少なくとも、自分が覚えている範囲では……とフラガが口にした。だから、新しい友達の一人や二人作っているものだと思っていた、とも。
「どれもこれも、キラには勝らなかったって事だろう」
 まぁ、それに関してはキラが悪いわけではない……とバルトフェルドが口にする。
「あいつの場合、お前の面倒を見ているつもりで自分がお前に依存していたことに気が付かなかったことが、一番の問題なんだよ」
 さらに付け加えられた言葉に、キラは首をかしげた。
「そうなんですか?」
 自分が一方的に迷惑をかけていたとばかり思っていた……とキラは付け加える。
「本人も自覚していないようだがな」
 だからこそ、お前が離れていこうとしているのを察してなりふり構わなくなってきたのだろう……と彼はため息をついた。
「はた迷惑な奴」
 ぼそっとシンが呟く。
「否定する気にもなれんな」
 即座にイザークが同意をしてみせる。
「そういうことだから、キラ。下手に同情をするな。ここで引導を渡さないと、あいつはいつまで経っても今の場所を抜け出せないぞ」
 そうは言われても、とキラは首をかしげる。どうすればいいのか、わからないのだ、
「何。お前が誰に隣にいて欲しいのか。ついでにアスランをどう思っているのか。正直に話せばいいだけだ」
 まぁ、本人からあのセリフを聞けば絶対そうするに決まっているがな……とバルトフェルドは笑う。
「……バルトフェルドさん?」
 訳がわからないと思いながらシンへと視線を移す。そうすれば彼もまた苦笑を浮かべているのがわかった。