どうやらアスランはまだたどり着いていないらしいな。周囲の様子からフラガはそう判断をする。
 その事実にほっとしながら控え室に足を踏み入れた瞬間だ。思い切り自分の行動を後悔してしまった。
「すまん!」
 とっさにこう口にすると同時に、フラガはそのまま後ずさる。そして、そのままドアを閉めた。
 それでも、周囲に漂う気まずい雰囲気までを遮断することはできない。
「……ということは、やっぱり、放送は入ってないと言うことだな」
 自分を落ちる貸せるために、フラガはこんなセリフを漏らす。
「ついでに、アスランもまだたどり着いていない、と」
 いくらあの二人でも、アスランの存在があればキスなんてするはずがないよなぁ、と思う。シンであれば見せつけようなんて考えるかもしれないが、キラでは絶対に無理だ。そして、基本的にシンはキラが嫌がることはしない。
「って事は、キラが許可を出したって事か」
 それは、予想以上の進展だな、と呟いたときだ。フラガの背後で締めたはずのドアが開く。そこにはシンが立っていた。
「……えっと……何か、用事ですかって、キラさんが」
 しっかりと赤くなっている目元が、自分が踏み込んだことに気づいているのだ、と教えてくれている。ということは、キラは今頃憤死しかけけているのだろう。それでも、こうやって自分に状況を確認してこようとしている辺り、責任者としての自覚ありあり、ということか。
「用事というか、ちょっと厄介ごとになりそうなんでな」
 取りあえず、自分がここに来るのが確実だろうと思っただけだとフラガは表情を引き締めながら言葉を返す。
 その行動に深い意味があったわけではない。
 単に、目の前の二人をからかいたくなる自分の気持ちを抑えようと思ったからだ。
 だが、シンはもちろん、キラもそんなフラガの表情を別のものと受け止めてしまったらしい。
「厄介ごとって、何があったんですか?」
 隠れていたはずのキラまでもが慌てたように顔を出してくる。
「アスランが逃げ出したんだよ」
 黙っていてもしかたがない。そう思ってフラガは苦笑混じりにこう告げる。
「アスランが?」
「……マジ、何やってんだよ、あの人は」
 状況から判断して、戦闘が終わってすぐだろう、とシンは呟く。まだあちらこちらが混乱の中にあるときに何をしているのかと付け加える彼の判断力は、まだまだ未熟と言えるが的確なものだ。
「何って、キラに会うためだろうな」
 誰もが簡単に想像が付く辺り問題なんだよ、とフラガはため息をつく。
「お前らが帰ってきたときに、あれこれ応対しただろう? その時、一瞬だけあいつから注意をそらしちまったんだよな」
 その隙に逃げられたんだ、と付け加えれば、目の前の二人はあきれたような表情を作る。
「まじで、何考えているんですか」
 それって、一種の越権行為だろう、と告げるシンは正しい。
「だって、アスランだもん」
 それ以上に、この一言で切って捨てる辺り、さすがはキラ……と言っていいのだろうか。フラガは本気で悩んでしまう。
「キラさん……」
「……昔から、そうだよ、アスランは。僕のためだと言って、けっこう常識を振り切った行動を取っていたのは」
 月にいた頃は、それで助かっていたのは事実だけど……とキラはため息をつく。
「でも、今も同じようなことをするっていうのは……アスランの中の僕のイメージって、十三の時から変わっていないって事なのかな」
 いや、ひょっとしたら、さらに遡ってしまうのかもしれない。キラは本気でそう悩んでいる。
「……否定してやれないのが辛いな」
 言われてみれば、納得できる事が多々あるのだ。
「もっとも、それはそれで問題か」
 小さな頃であれば、友達思いで片づけられる言葉も今となってはただの公私混同だ、とフラガは呟く。
「問題なのは、アスランがそれを自覚していないことだ、と思いますけど?」
 他の人間――その中にはもちろん、キラも含まれているらしい――には厳しく言うくせに、自分のことは棚に上げている。いや、その事実すら、アスランは認識していないのではないか。キラはそう告げる。
「それは、お前もわかっていた訳か」
 まぁ、いくらキラでもわからないわけがないよな……とフラガは思う。
「わかりますよ。でも……離れている間はそれなりにまともだったらしいから、今回も少しは頭を冷やしてくれるかと思っていたんですけどね」
 カガリのボディガードをしていたときには、きちんとしていたらしいし、ザフトに行っていたときも、実際に対峙する前はまともだったらしいから、とキラは付け加える。
「まともでしたよ。ものすげぇ、気に入らなかったけど」
 ぼそっと本音を付け加えつつ、シンはキラの言葉に同意を見せた。
「その前の行動がどう考えても納得できないし、杓子定規すぎてあれこれ俺の精神を逆撫でしてくれたし……でも、指示だけは的確でしたよ。アスハ代表やアークエンジェルが乱入してくるまで、はですけどね」
 いや、あれは《キラ》の存在を認識するまで、といった方がいいのかもしれない。
「あぁ……あの後か」
 それがいつであるのか、フラガにも思い当たるものがあった。正確に言えば、自分の記憶ではなく《ネオ》のそれなのだが。それでも、自分自身であった以上、違和感なく存在していた。
「あれだけ派手に登場してくれれば、アスランでなくても気づくよな」
 ついでに、キラの性格なら絶対そういう行動を取るだろうということもわかっていたことだろう、とも付け加える。
「そうなんだ」
 シンが感心したようにこう呟く。
「あれは……カガリがそう望んだからで……」
 自分の考えだったわけではない、とキラは口にした。
「でも、それができるだけの実力を持っていたからだろう、お前が」
 だからこそ、バルトフェルド達が反対しなかったのんじゃないのか、とフラガは言い返す。でなければ、いくらカガリが『行きたい』といっても絶対止めただろう。そうも付け加える。
「俺が彼の立場だったら、絶対にそうしていたからな」
 それがわからないからこそ、アスランはいつも似たような失敗をするのかもしれない。そう心の中で付け加えたときだ。外からざわめきが伝わってくる。
「……どうやら、来たようだぞ」
 フラガがこう口にした瞬間、キラ達は盛大にため息をついた。