パイロットスーツを脱ぐと、取りあえず安心できる。
 少なくとも、戦闘が終わった。そう実感できるからだ。
「ご苦労様、シン君」
 キラも同じ気持ちなのだろうか。どこかほっとしたような表情を作っている彼の様子から、シンはそう判断をする。
「キラさんも」
 そういって笑いかけた。
「僕よりも、みんなの方が頑張ってくれたと思うけどね」
 そうすれば、キラは小首をかしげながらこう言ってくる。そんなキラからシンは視線をそらすことができない。
「それも、キラさんが一緒に出撃したからだと思うけど」
 みんながそれで張り切ったに決まっている、とシンは口にした。
「ともかく、シャワー、浴びないと」
 待ってるよ、みんな……と付け加えれば、キラは頷き返す。
「じゃ、一緒に浴びようか」
 さらりと付け加えられた言葉に、シンは一瞬心臓が跳ね上がる。まだ生々しい記憶がしっかりと脳裏によみがえってしまったのだ。しかし、キラの方は平然としているように思える。
 ひょっとして、既に脳内から抹殺されているのだろうか。
 そんなことすらも考えてしまう。
「一つじゃないから、その方が早いよね」
 ここのシャワーブースは……といいながら、キラはさっさと視線をそらす。その瞬間、髪の毛が揺れて普段隠されている彼の耳の上の部分が見えた。それが赤く染まっているように感じられたのは、シンの錯覚ではないだろう。
 ということは、何とか冷静な様子を保っているだけらしい。
 つまり、自分のことを意識しているが、それを気取られたくないと思っているのか。それはどうしてなのだろう、とシンは心の中で呟く。あるいは、年上の意地なのだろうか。
 でもここで「一緒に」といってくれたことは十分に望みがあるということの証ではないか、とシンは思う。
「そうですね」
 だったら、下手に刺激をしないで待っていてもいいかもしれない。そんなことも考えてしまう。
「さっさと汗を流してしまいましょう」
 あれのことを考えれば、一緒に入ってもやばい心境にならないだろうし……とも思うし、とシンは考える。
 バルトフェルドやフラガがあれを見張っているとはいえ、いつまでも抑えておけるはずがない。いや、一瞬でも隙を見せれば絶対にこちらに押しかけてくるに決まっている。その時に、自分たちがそんなことをしていたらどうするか。考えたくもない、とそう思う。
「だね」
 キラの裸を想像しただけでドキドキしていた心臓も、あれの反応を想像しただけで落ち着いてしまった。そんな自分の反応に、シンはあきれたくなる。いや、それとも、これが普通なのだろうか。どちらなのかはわからない。
 それでもいいや、とそう思う。
「じゃ、行こう」
 にっこりと微笑んでキラがこう言ってくれるのは、アスランではなく自分なのだ。今はそれで十分だし、とも。
「はい」
 自分に尻尾があればひょっとしたら振り切れるくらいふっているのかもしれない。
 そう考えながら、シンはキラの後に続いてシャワーブースに足を向けた。

「しまった……」
 フラガはこう呟きながら、通路を全力疾走していた。
「まったく、あいつは」
 ラクスとカガリにいじめられて、少しはあれこれ考えているように見えていたのに、それは一瞬だけだったらしい。いや、それとも最初から隙をねらっていたのか。
 あるいは、帰還したキラの声を聞いてしまったからかもしれない。  フラガの一瞬の隙をついて、アスランは逃走――本人は、あくまでもキラに会いに行くつもりなのだろう――してくれたのだ。
 だからといって、このままキラ達の所に行かせるわけにはいかない。
 自分がちがそう命じた以上、キラの側にはシンがくっついているはず。それだけではなく、フラガ達の判断ではお互いがお互いにそれなりの好意を抱いているはずなのだ。それはキラにとっていいことだろう。
 だが、アスランがそんな二人の様子を見た場合、どうなるか。
 絶対、キラの気持ちを打ち壊そうとしてくれるはずだ。その結果、キラが傷ついてもかまわないと言い出すかもしれない。
 ある意味、それだけアスランが追いつめられていることにフラガは気づいていた。
 それでも、自業自得の面があるのは否定できないのではないか、とそう思う。
 キラのため、といいながら、彼を追いつめるような行動を取っていたらしいのだ。
 自分が実際にその場面を見たわけではないが、女性陣――アークエンジェル組だけではなくザフト組も――が口をそろえてそういっている以上、否定できない事実なのだろうと思う。
 だからといって、そんな態度を改めたわけではないらしい。
 根本から変わらなければ、また同じ間違いをしてくれるのではないか、と女性陣が心配しているらしいことがひしひしと伝わってきていた。いや、女性陣だけではなくバルトフェルドも同じ考えらしい。
 それでも、キラが「会いたい」というのならそれなりの条件を整えて許可してやろうとは思っていたことも事実。
「ったく……いい加減、キラの気持ちに気づいて妥協すりゃいいのに」
 そうでなければ、本当に居場所をなくすぞ……とフラガがぼやいたその時だ。
『あ〜、施設内の全員に告ぐ。アスラン・ザラを見かけ次第、即座に捕縛しろ。最優先事項だ』
 バルトフェルドの、どこか人を食ったような包装が艦内に響く。しかし、その口調には微かな焦りが感じられる。
『目的地は、間違いなくキラの所だからな。そこにたどり着く前にかならず捕まえろ』
 しかし、この放送をキラが聞かなければいいのだが。もっとも、バルトフェルドのことのことだから、その点は抜かりがないだろう……とそう思う。
「しかし、あいつも人のことを遠慮なくこき使ってくれるよな」
 似たような年齢なのに、とフラガはため息をつく。もっとも、あの腕と足の事を持ち出されてはこちらとしては反論のしようがないのも事実だ。
 何よりも、あそこに座って指示を出すよりも、こうして動いている方が性に合っているという事は否定しない。
「しかし、どこにいるんだか」
 あれは……とフラガは思考を切り替える。
「いっそ、控え室に先回りした方がいいかもしれないな」
 その方が確実に捕まえられるだろう。幸か不幸か、アスランはここの内部構造を完全には理解してないはずだ。それに関しては、自分に一日の長がある。
 一番確実な方法をとるべきだろう。
 そう判断をして、フラガはルートを変更した。