どうやら、これで終わりのようだ。
 そう判断をして、キラは小さなため息をつく。
『キラさん』
 次の判断を求めているのか。シンが呼びかけてきた。
「ご苦労様。取りあえず、生存者はまとめて敵艦の中に放り込んでいこうか」
 逃げだそうにも推進力が死んでいる以上、不可能だと言っていい。だから、センサーの探知範囲内においておけばいいのではないか。そう思う。
「いっそ、あちらにいた人たちも移ってもらった方がいいかな?」
 そうすれば、カガリ達への被害を防ぐことができるのではないか。そんな風にも思えてならない。
「……バルトフェルドさんに相談してからだね、そっちに関しては」
 ともかく、今は生存者をあれに放り込んでおくだけでいいだろう。
「それが終わり次第、みんな帰還をしてもらって。あちらの監視には別の人たちに行ってもらうから」
 戦闘が終わった以上、パイロット達には休息を取ってもらわないといけないし、と考えてこう口にする。
『わかった。じゃ……ムラサメ隊とルナにそっちの方を任せて、俺たちは一足先に戻りましょう』
 でないと、何をしでかしてくれるのかわからない人がいますから……とシンは本気で嫌そうな口調で続ける。それが誰のことをさしているのか、キラにもしっかりとわかってしまう。
「だね」
 もっとも、自分が戻ってもそれはそれで別の騒動が持ち上がるだけではないだろうか。そんなことも考えてしまう。
 だが、少なくともその時には周囲の人間も自分のフォローをしてくれるだろうとキラは考える。ならば、少しはマシなのだろうか、とも。
「でも、シン君はそばにいてくれるんでしょう?」
 ならば大丈夫かな、って思うんだけど……とキラは言い返す。
『……どこまで役に立てるか自信はないけど……そばにはいます』
 そうすれば、シンはこう言い返してくる。
「あてにしているから」
 この言葉とともにキラはフリーダムの方向を変えた。
『頑張ります』
 シンもまた、機体の方向を変えると、キラの後を追いかけてくる。その存在が、今は心強いな、とキラは感じていた。

 キラ達の機体がこちらに向かってくるのを見ていたアスランが、即座に行動を開始しようとする。
 しかし、それを認めるわけにはいかない。
 せめて、シャワーを浴びて着替えるぐらいの時間は与えてやるのが思いやりだろう。
 そう考えながらフラガが視線を向ければ、バルトフェルドも頷き返してきた。どうやら、彼も同じ考えらしい。ならば、遠慮はいらないだろう。
 手を伸ばすと、フラガはアスランの襟首を掴んだ。
「何をするんです!」
 当然のように、アスランが反論をしてくる。
「それはこっちのセリフだ。勝手にどこに行こうとしているんだ? 部外者が」
 そんなことは認められない、と言外に付け加えた。もちろん、その後に続くアスランの反応は予測済みだ。
「誰が部外者、ですか!」
「お前に決まっているだろう」
 怒りをあらわにするアスランにフラガは即答してやる。それも、冷静な口調で、だ。
「なっ!」
 まさか、ここまできっぱりと言われるとは思っていなかったのだろう。アスランは言葉につまっている。
「そうだろう?」
 自覚していなかったのか? とフラガはアスランの体をしっかりとホールドし直しながら問いかけた。
「確かに、今のお前はオーブの一佐だ。だが、ここのメンバーではない。そうだろうが?」
 ディアッカですら、居住区以外はここに出向していたザフトのメンバーを捕まえて同行させていたのだ。事前打ち合わせと警備体制を確認しに来た彼がそうなのであれば、アスランはなおさらだろう。
 フラガはこう指摘してやる。
「でも俺は……キラの幼なじみで……」
 カガリの副官だ、とアスランは言ってきた。
「後者はともかく、前者はまったく関係ないことだろうが」
 関係がある、といいきるのであれば、それは公私混同をしていることではないのか、とフラガは冷静に問いかける。
「ただでさえ、あんな事件が起きたばかりだぞ。お前がうかつな行動を取ったことでキラの立場が不安定になるとは考えないのか?」
 だとするなら、ここの責任者としてアスランに退去を命じなければいけない……とフラガは付け加えた。
「そんなこと」
 できるわけがない、とアスランが言い返そうとしたのがわかる。だがそれよりも早く脇から言葉が飛んできた。
「うるさいぞ、アスラン。だだをこねるなら、お前だけでもオーブに帰るか?」
 自分はそれでもかまわないぞ、と言うカガリに、さすがのアスランも言葉を失う。
「別段、ここでなら私の警護に就いてくれるものは大勢いるしな。それよりも、キラに迷惑をかける方が問題だろうが」
 キラに迷惑をかけるような行動を取らない、というから、同行をすることを許可したんだぞ、と彼女は付け加える。
「あら。そんなお約束をされたのですか、アスラン」
 なら、約束は守らないといけないですわね、とラクスも微笑みとともに付け加えた。
「それとも、鶏と同じレベルだ……とおっしゃるのでしたら、お馬鹿な行動も、多少は目をつぶりますけど」
 さりげなく、一番きついセリフを言うのは間違いなくラクスだ。
「……ラクス……」
 この言葉に、さすがにアスランも黙っていられなくなったらしい。
「誰が、何だとおっしゃいました?」
 しかし、この場にいるもので彼女に舌戦でかなうものがいるだろうか。バルトフェルドにしても、彼女に勝てるのは間違いなく経験とそれに向けられた信頼があるからだろう。
「あら。耳も悪くなられましたの?」
 頭の方はかなり前から少したががゆるんでいたようですが……とラクスも負けじと言い返す。
「なら、よいお医者様を用意いたしますわ。しばらく、入院されてはいかがです?」
 許可が出るまで退院ができなくなるでしょうけど……と彼女は付け加える。
「ラクス、貴方は……」
「私たちとしても、この組織に頓挫されるのは困りますの。ですから、相手がどなたであろうとも、障害になるというのでしたら、排除させて頂きますわ」
 こう言い切る彼女に、フラガは心の底から拍手を送りたいと思う。さすがに、実行に移せばアスランを逃がすことになるからやらないが。
「そうだな。邪魔をするというなら、それこそ営巣にでも放り込んでもらうしかないな」
 カガリもまたこう言って頷いている。
「……二人とも……」
「諦めな。女性陣に口で勝てるわけがないだろう」
 ぶつぶつと文句を口にしているアスランに、フラガは精一杯の助言をおくってやった。
「まして、手を出すわけにはいかないだろうが」
 あきらめろ、と付け加える彼に、アスランはまだ聞く耳を持たないという様子を見せる。
「……キラの迷惑になるなら、我慢しますよ」
 それでも、こう言うだけいいか……と考えることにした。