「うかつだったな」
 バリケード代わりのカーゴの影に身を潜めながら、カガリはこう呟く。
「てっきり、連中の狙いは私だと思っていたのに」
 自分を殺すことまではしないだろうが、拉致をしてどこかに閉じ込めるくらいはするのではないか。そう考えていたのだ。
 命さえあれば、キラ達を脅迫する材料にはなるだろう。その結果、オーブの実権を握ることが可能だと考えたとしてもおかしくはない。
 アスランにしても同じ可能性に気づいていたからこそ、口では何だかんだといっても強引に出奔をするということをしなかったのではないか。カガリはそう考えていた。
 だが、現状から判断すればそれは間違った考えだったらしい。
 どう見ても、連中は《キラ》をねらっているようなのだ。
 それはどうしてなのか。
 キラが持っている《権力》はあくまでも自分が《代表首長》だから認められているものだと言っていい。もちろん、彼自身の実力と働きがあったから、ということは否定できない事実だ。
 それでも、カガリが代表でなければせいぜい隊長クラスの地位を与えられて終わっていたのではないか、とは思う。
「キラ自身を手に入れたい、という事でしょうね」
 そんなカガリのそばで、周囲の者達の邪魔にならないように身を縮めていたラクスが言葉を返してくる。
「キラの場合……地位など必要ないのではありませんか?」
 本人もそう思っている節がある。しかし、自分たちがなさねばならぬ事があるからこそ、彼は取りあえず今の地位にいてくれるのだ。
 全てが順調に動き出せばあるいは……とラクスは唇をかみしめる。
「……そうならないかもしれない未来の話は、後でゆっくりとしよう」
 今は、それよりもこの状況を何とかする方が先決だ。そういえば、ラクスも頷いてみせる。
「先ほど、バルトフェルド隊長のお姿がキラの側にございませんでしたから……きっと、何か指示を出していてくださると思いますが」
 それにしては反応が遅い。
 あるいは、あの一味が暴れているのはここだけではないのだろうか。
 だとするなら厄介だ……とカガリが心の中で呟いた瞬間だ。
 鈍い爆発音が耳に届く。
「……何だ、あれ」
 いったい何があったのか、と思って確認のためにこっそりと状況を盗み見れば、何か信じられない光景が目の前に広がっている。
「網、か?」
 そういえば、昔、漁業で投網とかというのを投げて魚を捕る漁のしかたがあったそうだが、それはあのようなものだったのかもしれない。そんなことすらカガリは考えてしまう。
 そのまま視線を移動していけば、ハンドバズーカーを肩に担いでいるオーブ軍の者達が確認できた。ということは、あれから発射されたものなのだろう。
 時間がかかったのは、敵を生け捕りにする方法を考えていたからかもしれない。
 そんなことを考えた瞬間だ。
『キラ! 外の連中も動き出したぞ』
 スピーカーからバルトフェルドの声が響く。
「シン君!」
「わかっています」
 間をおかず、キラが立ち上がると駆け出した。その後を当然のようにシンが付いていく。
「キラぁ!」
 そして、アスランの叫び声もだ。
「あいつは、状況を認識しているのか……」
 恥ずかしい奴、とカガリは思わず呟いてしまった。

 パイロットスーツに着替えている時間も、本音を言えば惜しい。
 しかし、万が一のことを考えれば着ないわけにはいかないだろう。そして、着替えないと、シン達が自分の出撃を認めてくれるはずがないということもわかっていた。
「……キラ!」
 不意にそんな彼の耳にアスランの声が届く。視線を向ければ、ディアッカとマードックに両腕を押さえつけられた彼の姿が確認できた。
「何でお前が!」
「僕が行くのが、一番確実だから、だよ」
 カガリとラクスがいる以上、ここに被害を及ぼすわけにはいかない、とキラは言い返す。
「なら、俺にも出撃許可をよこせ!」
 そうすれば、アスランはさらにこう言ってくる。さりげなく視線をディアッカに向ければ、思い切り苦笑を浮かべているのが見えた。ということは、カガリか誰かに直訴して却下されたのだろう。
「ダメ」
 そして、キラにしても同じ答えしか返せない。
「キラ!」
「アスランが来ることで、フォーメーションが崩れる。だから、許可は上げられない」
 言外に、アスランの存在は邪魔だ、とキラは告げる。
「キラ!」
「僕たちだって、今まで遊んできたわけじゃない。パイロット達も同じだよ」
 自分たちだけで十分だと思っているからこそ、アスラン達の力は借りない、とキラは彼をにらみつけた。
「それよりも、余計なことで時間を取らせないでくれる? 今は、一分一秒だって大切なんだって言うことは、当然わかっているよね?」
 いつもの通信のようにだらだらと付き合っていられないのだ、とキラは言い切る。
「キラ!」
 でも、とアスランはさらに食い下がろうと口を開く。だが、次に続くべき言葉は、ディアッカの手のひらに封じ込まれてしまった。
「キラ……さっさと行ってこいって」
 こいつの監視は、俺たちがしておくから……と彼は苦笑を浮かべながら付け加える。
「うん、お願い」
 そんな彼に頷き返すと、キラはシンへと視線を移した。
「シン君?」
「準備OKです。他の連中もは既に乗り込んでます」
 キラの問いかけに、シンは即座に言葉を返してくれる。しかも、必要と思われる事柄もしっかりと付け加えてくれた。
「わかった。じゃ、行こうか」
 そんな彼に微笑み返す。
「はい」
 シンもまた、キラに向かって微笑む。それが心強いな、と思いながらキラは歩き出した。