信じられない……と思ったのはキラ達も一緒だ。
「……いったい、何しているわけ?」
 笑いを取ろうとしているわけじゃないよね……と思わずこんなセリフを口にしてしまう。そんなことがあるはずがない、とわかっていてもだ。
「ますます、変になっているんじゃないですか、あの人」
 確かに、それ以外言いようがないのではないか。ぼそりと呟かれたシンの言葉に、キラはそう考えてしまう。
 しかし、と心の中で呟く。あのアスランの様子では、転んだことすら自覚していないのではないだろうか。実際、既に立ち上がっている。あのまま真っ直ぐにこちらに駆け寄ってくるのではないか。
 シンも同じ事を考えたのだろう。
 さりげなく場所を変えているが……あの勢いを彼一人で止められるのだろうか、と心配になってしまう。
「あぁ、ディアッカが追いついてくれたな」
 同じ事を考えていたのか。シンと同じようにさりげなく前に出ていたフラガがこう呟く。
「ムウさん……」
 しかし、これは本来であればマリューのポジションなのではないか。そんなことも考えてしまう。それとも、自分は彼にとっては、マリューよりも庇護しなければ行けない存在として認識されているのだろうか。
 おそらく後者だろうな……とキラは思う。
「じゃ、あれはディアッカに任せて、俺たちはお嬢ちゃん達の所へ行くか」
 そうすれば、いくらあれでもうかつなことはできないだろうしな、とフラガは笑顔を向けてくる。その様子は本当に自然だ、と言っていい。
「そうですね。いくらあの人でも……議長や代表の前でうかつなことはできない……と思いますから」
 でも、絶対とは言い切れないのは相手が相手だからだろうか……とシンは付け加える。
「否定できないね、それは」
 頷き返しながらも、キラは思わず頭が痛くなってきた。あれが普段の様子であれば、軍の中で浮いているなんてものではない。それで、部下達が着いてきてくれているのだろうか。
 もっとも、カガリに追い出されていないようだから、それなりに仕事をしているのだろうとは思う。
「……キラ」
 取りあえず、意識を切り替えて……と思った瞬間だ。フラガがそっと囁いてくる。
「はい?」
 できるだけいつもの表情を作りながら、キラは言葉を返す。だが、内心はそうではない。シンもほんのわずかだが表情を強ばらせている。
「何か、不穏な行動を取っている連中がいる。気を抜くな」
 以前からきな臭いとは思っていたが、証拠がなくて泳がせていた連中だ……とフラガは付け加えた。
「わかりました」
 何かあるとは思っていたが、獅子身中の虫とも言えるものがいたのか。そんなことを予想していなかった、とキラは今更ながらに思う。同時に、どうして自分は気づかなかったのだ、とも考えてしまった。
「お前さんは、それでいいんだって」
 誰にも平等に信頼を向けているから、他の者達はみな同じように信頼を返してくる。だから、トップに立つ者はそれでいい、と彼は付け加えた。
「周囲を疑うのは、大人に任せておきなさい。まだ当分の間は、かもしれないがな」
 そのうち、他の連中もあてにできるようになるだろうからな……といいながら、フラガは視線をシンへと向ける。
「……というわけで、キラの側から離れるな。あいつが何を言っても、だ」
「わかっています」
 当然のことですから……とシンは即答をした。
「後は……他の連中に期待、だな」
 マードック達も来ているし、オーブ軍の連中もキラのこととなれば無条件で動くだろう。となれば、第一撃を確実に避けることだけが重要だな、と彼は続ける。
「ムウさん」
「心配しなくてもいい。任せておけ」
 おそらく、それが成功しても失敗しても、外の連中が動き出すはずだしな……とという判断は間違っていないのだろう。
「だから、お前らは何があっても、ケガをするな。おそらく……お前らの機体が必要になるだろうからな」
 いいな、と念を押してからフラガは歩き出す。そんな彼の後を追いかけるように、キラ達も移動を開始する。
「キラ!」
 そんな彼等の耳にアスランの声が届く。しかし、こちらに駆け寄ろうとした瞬間、ディアッカに羽交い締めされてしまった。
「……急いだ方が良さそうですよ」
 いくら彼でも、死にものぐるいのアスランをとどめておくのは難しいのではないか……とシンが口にする。
「そうだね」
 話がややこしくなっては面倒だ……とキラも思う。
 その前に、ラクスやカガリと話をしておかなければいけないこともある。そして、せめて彼女たちだけでも安全な場所に移動させなければいけないのではないか。そうも考えるのだ。
「本当に迷惑としか言えなくなってきたよな、あの人の存在」
 昔から、ちょっと気に障る人だとは思っていたけど……とシンはため息をつく。それでも、まだ、まっとうだったんだな、ミネルバにいた頃は……とも付け加える。
「というか……さすがに戦闘中はまともだって言う話だぞ」
 状況判断は誰もかなわないと言っていたな、とフラガも苦笑を浮かべた。
「まぁ、それでも虎さんあたりにはかなわないんだが」
「ムウさんにも、でしょう。それだけは、経験が大きく関わっていると思いますし」
 二人のおかげで、自分はかなり楽をさせてもらっているから……とキラは素直に口にする。
「他にも、いろいろとありますけど」
 まぁ、今朝のことはともかく……とさりげなく付け加えれば、フラガは苦笑を浮かべた。
 しかし、その表情がすぐに強ばる。
「キラ! 走れ!!」
 そして、キラの背中を突き飛ばすように押しながらこう叫んだ。
「ムウさん!」
「いいから早く行け! アスラン」
 キラ惚けしていないで動け! とフラガは次々に指示を出す。
「キラさん、早く!」
 シンの方がキラよりも早く動いた。彼の手を握りしめると、ラクス達の方に向けて駆け出している。視線を向ければ、ザフトとオーブ軍の者達も即座に行動を開始していた。
 ということは、彼等が動いたと言うことか。
 何故、今なのか……とキラは唇を噛む。
「キラさん!」
 次の瞬間、シンが思いきりキラの体を引き寄せる。そして、そのまま彼は床に倒れ込んだ。
 何を、とは問いかけなくてもすむ。二人のいた場所を銃弾が駆け抜けていったのだ。
「ちっ」
 床を転がりながらシンは自分とキラの体の位置を入れ替える。その手には既に銃が握られているのがキラにも見えた。