艦内の空気が変わってきた。その事実にアスランも気が付いている。
「……何かあったのか?」
 原因は自分たちなのか。それとも、あちらなのか……と思いながらブリッジの艦長に問いかけた。
「あちらからの連絡で……我々の後を付いてくる所属不明の者達がいるそうなのです。どちらが標的なのかわからないので、気を付けるように、と」
 あちらは、既に体制を整えているそうだ、と彼は続けた。
「プラントの方は?」
「先刻、無事に入港を果たした、と」
 連絡がありました、と報告がある。
「……ということは、狙いはカガリか?」
 可能性は十分にあるな……とアスランは呟く。
 カガリさえ手に入れてしまえば、キラだって無視できない。彼をおびき出すことだって十分可能だろう。
 それ以前に、彼女の《夫》の地位を得てしまえば好き勝手できるのではないか。そう考えるものがいたとしてもおかしくはない。
 いや、実際にいたのだ。
 その男がどのようなものだったのか。この場にいる者達はよく知っていると言っていいだろう。
「否定できませんが……」
「わかっている。いざとなったら俺が出る」
 ジャスティスを持ってきてよかった……とアスランは心の中で呟く。あれがあればキラ以外の人間に負けるはずがない、とわかっているのだ。
 そう。
 相手が、シンであろうとも負けるわけにはいかない。
 いろいろな意味で……とアスランが心の中で呟いていたときである。
「……なぁ……」
「言うな」
「だって、あのザラ一佐が普通に見えるんだけど」
「……カガリ様に殴られて……歯車がきちんとかみ合ったんじゃないの?」
 ぼそぼそと囁いてくる声が耳に届く。ナチュラルであればただの囁きで内容までは聞き取れなかったかもしれない。だが、コーディネイターの聴力はしっかりと内容まで聞き分けてしまった。
 それに文句がないわけではない。
 しかし、先日のあの騒動をしっかりと覚えている以上、文句を言うことができない。そのくらいの自覚はアスランにだってあった。
 だからといって、今更態度を変えるつもりはさらさら無い。
「では、俺はデッキの方にいます。何かあったら、すぐに連絡を」
 ついでに、カガリはしっかりと確保しておいてください……と艦長に伝える。
「わかっています」
 彼女に飛び出されてはフォローが大変だ、と彼も頷く。それを確認してから、アスランはブリッジを後にした。

 同じ頃、ルナマリア達もまた出撃準備を整えていた。
「シン」
 知っていることを全部言え! と彼女は視線だけで問いかけてくる。
「別に、背景なんて知らなくてもいいだろう。出撃して、オーブの船が無事に入港できるようにする以外に、俺たちに考えなきゃないことがあるのか?」
 もちろん、それがプラントの船でも同じ事だったが。そして、それは既に成功している。
 もっとも、イザークも何かを感じ取っていたのか、シホをはじめとしたパイロット達はこの場に残していた。彼女たちも、何かあればすぐに出撃してくるだろう。
「……そういう事じゃないわよ!」
 しかし、ルナマリアはきっぱりと言い返してくる。
「じゃ、何なんだよ!」
 今は一時的に戻ってきただけで、またすぐに出撃しなければいけない。それは、自分たちが乗っている機体の動力源がバッテリーである以上仕方がないことだ。これがフリーダムであれば、まだ外で警戒をしていただろう。だからといって、キラを出撃させるつもりなど、最初からない。
「……あんた、夕べ、キラさんと何があったわけ?」
「はぁ? 何言ってんだよ、それこそ」
 今、それが関係あるわけ? とあきれたように言い返す。
「今だから、でしょうが!」
 アスランが来るのよ、アスランが! と彼女は逆襲してきた。
「だから、何でそれが関係あるんだよ! 俺はもう、あいつの部下でも何でもないんだよ」
 キラの体調や何かであれば気にするが、アスランの存在はどうでもいい。シンは即座にこう口にする。
「バルトフェルド隊長やラミアス艦長辺りなら、まだしも、な」
 アスランは部外者だろう……とさらに言葉を続けた。
「あぁ、ルナ達もそうか」
 キラは結構、パイロット達の体調とかメンタル面の事を気にしていたから……と付け加えた瞬間だ。ルナマリアの表情が今までとは微妙に変わってくる。
「そうなの?」
「そうだよ。自分で来られないときは、俺に確認してる」
 キラのフォローをしているとはいえ、シンは本来パイロットだ。日常的にシミュレーションは行っているし、彼女たちとも顔を合わせている。だから、キラは自分が足を運べないときは当然のようにシンに問いかけてくることになっている。シンもそれがおかしいことだと思っているから、別段いやだと思ったことはなかった。
「……キラさんが……」
 やだ、嬉しい……とルナマリアは呟く。
「ということで、時間だぞ」
 これでこれ以上追及されなくてすむ……と心の中で呟きながら、シンは口にした。
「ったく」
 気に入らないわね、と返事の代わりにルナマリアがこう言ってくる。
「後で、ちゃんと話しなさいよ!」
 協力して欲しいなら……と彼女はシンをにらみ付けてきた。
「……キラさんが『いい』っていってくれたらな」
 自分のことだけじゃないから、とシンは言い返す。だから、許可をもらわないと……と付け加える。
「……仕方がないわね」
 キラさんを盾に取られては何も言えないじゃない、とルナマリアはぼやく。それでも、それ以上は何も言わない。
 この意識の切り替えはいつ見ても感心するな……とシンは思う。
 そして、自分もヘルメットへと手を伸ばした。