キラの機嫌の悪さは本物かもしれない。彼の表情を見つめながら、フラガはそんなことを考えていた。
「……で? どうしてもっと早くに連絡を入れてくれなかったんですか?」
 そうしてくれれば、自分なりに動くことができたはずなのに……と彼は続ける。
「出てこられなかったのにか?」
 それに平然と言い返せるのは、間違いなくバルトフェルドだけだろう。それも、自分がいなかった頃のキラを知っているからではないだろうか。そんなことも考えてしまう。
「それに、だ。情報を集めるだけなら俺たちでもできる。お前にはもっと別の役目があるだろうからな」
「そうそう。体を休めることも、パイロットに仕事だろう?」
 このセリフに、キラは微かな苦笑を浮かべる。それはきっと、昔自分がそういいながら彼をベッドに放り込んだことを思い出したからかもしれない。
「……でも、それとこれとは違いませんか?」
 今現在、ここの責任者は自分なのだし、とキラは言い返してくる。
「だからといって、全ての責任を負わなければいけないわけではない。それとも、俺たちは信用できないか?」
 そのセリフはうまい! とフラガは思う。こう言われれば、キラが口にできる答えは一つしかない。
「そんなことは言ってません!」
 でも、とキラはさらに言葉を重ねようとする。
「ともかく、だ。今のところは何も起こっていない。そして、何かが起きる前にお前がしなければ行けないことは別にあるだろうが」
 しかし、バルトフェルドのこの言葉に、キラは言葉を飲み込んだ。
「連中に関しては、ちゃんと監視を付けてある。そして、ラクスもカガリも、現時点では無事だ」
 もちろん、ちゃんと対策は考えなければいけないが……とバルトフェルドは笑う。
「ということで、お前はさっさと現在集まっている情報を頭の中にたたき込んでおけ」
 話はそれからだ、という言葉に、キラは渋々ながら行動を開始する。こういう事に関して、バルトフェルドに一日の長があることを彼はよくわかっているのだろう。教えを受けることに関して、何のためらいも持っていないようだ。
 ならば、そちらに関しては彼に任せておけばいいか……とフラガは思う。
 自分でもできないことはないだろうが、キラに甘いという自覚もある。だから、どうしても甘やかしてしまいかねないのだ。
 いつまで自分たちが彼のフォローをできるかわからない以上、できるだけ早く、彼に正しい判断能力を身につけてもらわなければいけない。もちろん、できるだけ長く彼のそばに居座るつもりだが……と心の中で呟きながら、フラガはシンへと視線を向けた。
 バルトフェルドがキラの面倒を見ているのであれば、彼のフォローは自分の役目だろう。
 幸か不幸か、そっち方面での知識は虎さんに負けないくらいあるしな……と心の中で呟く。それに、どこまで関係が進展したのかも把握しておかないと、あれに再会したときの対処のと利用もないしな、と思う。
「シン」
 ちょっとこい……と軽くて招くと、フラガは司令室の端に彼を呼び寄せた。ここであれば、声を潜めている限り会話が聞かれる可能性はないだろう。そう判断したのだ。
「何ですか?」
 キラや他のものに対する態度と自分に対する態度が微妙に違うことに、本人は気づいているのだろうか。
 まぁ、それは仕方がないことかもしれない、とすぐに思い直す。同時に、自分書きにしていないという態度を作っていれば、他の者達も右に倣えをしてくれるのではないかと思い直す。
「……少しは、進展したのか?」
 キラとの関係……とそっと囁いてやれば、シンの目元が赤くなる。
「あんたには、関係ない事じゃないのか?」
 正直としか言いようがないその態度でバレバレだというのに……と内心苦笑を浮かべながらも、フラガはきまじめな表情を作って言葉を重ねた。
「大ありだよ。キラの精神状態は周囲を大きく左右しかねないからな」
 だから、支えてやれる人間がそばにいることが必要なんだ、とフラガは付け加える。
「でも、それは……キラさんのプライベートだろう?」
「それもわかっている。ただ、その言葉が通用しない人間が一人いるだろう?」
 あれ対策にも、聞いておかなければいけないのだ……と言えば、シンは唇を噛む。
「事情がわかっていれば、それなりにフォローしてやれるからな」
 幸か不幸か、キラは部屋に戻るんだし……とダメを押すようにこう言えば、シンの肩が軽く揺れる。ということは、その事実を忘れていたのか。
「まぁ、この調子じゃ、引っ越しができない可能性があるけどな」
 キラの体だけ部屋に戻ると言うこともできるだろうが、その他の荷物――特に書類やパソコン――はシンの部屋に置きっぱなしと言うことになるだろう。
「俺はかまいませんが……キラさんが困りますね」
「そうそう。まぁ、それに関しては、状況を見ながら対処だが……進んだのか、少しは」
 さりげなく、一番効きたかったことをもう一度問いかける。
「……まぁ、それなりに……」
 ここまで言われれば、白状しないわけにはいかない、と思ったのだろう。渋々といった様子で頷いてみせる。
「取りあえず、拒否、されませんでしたから」
 だから、それでいい……とシンは付け加えた。
「……そうか」
 まぁ、それなりにうまく言っているんだろうな、とフラガは判断をする。
 キラも、何だかんだ言いつつ今日は落ち着きがあるようだ。
 夕べあんな事があったあげくのこの状況なのに、取りあえず冷静に状況を判断しようとしている。突発事項に弱い彼にしては、それは珍しいことだといっていいのだ。
 この二つから判断をして、これ以上は成り行きに任せた方がいいだろうと結露を出す。もちろん、他の者達にも下手につつくなと言っておくべきだろう。
 一番危ないのはディアッカだろうか。
 それともマードックか。
 いや、女性陣という可能性もあるな……と心の中で呟く。
 どちらにしても、キラのための一言で封じることは可能だろう。
「なら、後はお前の覚悟だけ、だな」
 言っておくが、直球勝負だけでは太刀打ちできないぞ……とフラガは口にする。
「わかってます」
 一応、元上司ですから……とシンは頷いて見せた。
「あれ対策はな。それ以上に、襲ってくるかもしれない連中の方が重要だぞ」
 キラを支えるには、自分が傷ついてはいけない。卑怯だ、と言われる手段を使ったとしてもだ、とフラガは付け加える。
「はい」
 今度は、素直に頷いて見せた。そういうところが可愛いかもしれないな、とフラガは思う。
「まぁ、頑張れ」
 言葉とともに、フラガは彼の肩を叩いてやった。