シャワーを浴びてさっぱりした二人は、とんでもない現実に目を丸くしていた。
「……ドアが開かない?」
 嘘だろう、とシンは呟く。
「……システムのせいじゃないみたいだね」
 まだ冷静さが残っていたのか。端末を操作していたキラがこう口にする。
「確認しますか?」
 まずはバルトフェルドか誰かに連絡を入れれば、きっと状況を調べてくれるだろう。そう思って、シンはこう問いかける。
「そうだね。でないと、原因がわからないもの」
 いや、それ以前に閉じ込められてしまったことが彼等に伝わっていなければこまるのではないか。そうキラは口にする。
「僕が動けなければ、万が一の時にもバルトフェルドさんとフラガさんが適切な対処を取ってくれるはずだからね」
 そちらに関しては不安はない。
 一応、端末は生きているから、いざというときには連絡を入れてくるはずだし、とも彼は付け加えた。
 それは、逆に言えばそれだけキラが彼等を信頼していると言うことだろう。そうまで言われる彼等がうらやましい、とシンは心の中で呟く。自分も、少しでも早くそんな立場になりたい。
 もちろん、彼等に成り代われるはずがないことはわかっている。二人の経験は――忌々しいことも含めて――確かな物だとしか言い様がない。そして、それを元にして導き出される判断は確かなものだ。
 でも、とシンは心の中で呟く。
 別の立場でキラの支えになれるのではないか。いや、是非ともその立場になりたい、と思う。
「わかりました」
 では、報告を入れますね……と軽い口調を作ってシンは言葉を返す。そのまま、真っ直ぐに端末へと向かった。
「棚ぼたで落ちてきた休憩時間ですから、キラさんは休んでいてくださいよ」
 ここまでは、書類も何も追いかけてこないから……とも付け加える。
「……そんなこと、言ってられない状況だと思うんだけど……」
 明日にはみんなくるのに……とキラはため息をつく。
「でも、ここにいては何もできませんよ?」
 諦めるしかないだろう、とシンは言い返す。
「そうだけど、ね……」
 それでも、まだ納得ができないというようにキラは呟いている。その様子に、シンは少しだけ苦笑を浮かべると、端末へと手を伸ばす。そして、バルトフェルドを呼び出した。
『どうした?』
 すぐに彼は返答を返してくれる。
「キラさんと一緒に部屋に閉じ込められてしまいました。システム上のトラブルではないようなんですけど、何か報告はありませんか?」
 できれば、早めに開けてもらえると助かるんですけど……とシンは付け加えた。
『ちょっと待て。今、確認をさせる』
 それまでは大人しくしてろ……と彼はシンと同じようなセリフを口にする。そのまま、通話を終わらせられてしまった。
「バルトフェルド隊長……」
 あの……と呟かれた言葉はむなしく周囲に響き渡る。
「きっと、原因がわかったら連絡をしてくれるよな……」
 何か、今ひとつあてにならないような気もしないわけではないが……とシンは呟きながらキラの方に視線を戻す。
「ということなので……何か飲みます?」
 簡単な飲み物なら用意できるけど、とシンはキラに声をかける。
「コーヒー以外ならもらおうかな」
 バルトフェルド隊長には申し訳ないけれど、コーヒーだけはいまだにダメなんだよね……とキラは苦笑を浮かべた。
「……エルスマン先輩に聞きましたけど、本当なんですか、あれ」
「何を聞いたかわからないけど……多分、全部本当だと思うよ」
 少なくとも、彼がブレンドしたコーヒーの味に関しては……とキラは続ける。
「あれをおいしいと言えるムウさんとかマリューさんの味覚が、時々信じられなくなる」
 それとも、自分ももう少し年齢を重ねればわかるようになるのだろうか……とキラは小首をかしげた。
「どうでしょうね」
 三十路になったら考えます……とシンは口の中だけで呟く。しかし、それはしっかりとキラの耳に届いてしまったらしい。
「……マリューさんの前で、そのセリフは言わないでね」
 ようやく帰ってきてくれたのに、いまだに踏ん切りを付けられない誰かに密かに怒りをため込んでいる最中だから……とキラはため息とともに言葉をはき出す。
「アスランとは違った意味で、あの人も問題ありかも」
 さっさとけじめを付ければいいのに、とも。
「あの三人の関係だけは、よくわからないんですけど」
 マリューを巡っての三角関係なのか、と思えば違うらしい。
 かといって、マリューとバルトフェルドの仲が悪いわけでも、バルトフェルドとフラガの間が険悪なわけでもない。むしろ、三人の間に流れる空気は、やさしいものだと言っていい。
「人間として、お互いを認めているからだって、マリューさんは言っていたかな?」
 バルトフェルド隊長は、大切な方をなくしているから……とキラは視線を落とす。
「キラさん?」
「……その人を殺したのも、彼から片眼と片腕を奪ったのも僕、だけどね」
 顔を上げずに呟かれた言葉に、シンは帰すべき言葉がすぐには見つけられない。そんなことがあったなんて、まったく知らなかったのだ。
 いや、考えてみれば、自分はキラのことをほとんど何も知らない。
 キラの方も、自分がどんなことを考えていたのかを知らないはずだ。
 だから、と思う。
「キラさん、話し、しませんか?」
 いろいろと、くだらないことを……とシンは口にする。
「シン君?」
 何をいきなり、とキラが聞き返してきた。
「考えてみれば、個人的なことを話したことないんですよ、俺たち! それじゃ、いつまで経っても、俺のことわかってもらえないじゃないですか」
 キラのこともたくさん知りたいし、とシンは素直な気持ちで付け加える。
「……そうかな?」
「そうです」
 だから、時間が許す限り、くだらない話をしましょう! とシンはきっぱりと言い切る。そんな彼に気おされるように、キラは小さく頷いて見せた。