「……すみません、キラさん……」
 腰をさすりながら立ち上がるキラを見ながら、シンはこう口にする。
「いや……今回の場合、悪かったのは僕の方だと思うから、気にしなくていいよ」
 寝ぼけていたとはいえ、腕枕をさせてしまったのが原因だし……とキラは苦笑とともに言葉を返してくれた。
「いえ……それは別にいいんだけど……まぁ、他の事ではちょっと困りましたけど」
 何か、自分でも言葉遣いがおかしくなっているのがわかる。しかし、キラ書きにしていないからいいのかな、なんて考えてしまうのは甘いのだろうか。シンは心の中で呟く。
 二人きりでないところでは気を付ければいいのか……と結論を出す。
「それよりも、早く行かないと朝飯、食べ損ないますよ」
 そんなことをすれば、フラガやバルトフェルドはもちろん、他のメンバーにもお小言を言われますよ……とシンは苦笑を浮かべる。その時は、自分にもそれが降りかかってくると言うことはわかっていた。
「……そうだね。ディアッカが報告するに決まってるから……イザークにも言われそう」
 アスランは騒ぐだけじゃすまないだろうし……とキラも呟く。
「じゃぁ、着替えて行こうか」
「そうですね」
 軽く右手をふりながら、シンは頷き返す。
 そんなシンの仕草に、キラが微かに眼をすがめた。
「……ひょっとして、しびれてるの?」
 僕に腕枕をしていたせいで……と慌てたように問いかけてくる。
「まぁ……よくあることです」
 気にしないでください、とシンは苦笑を返す。
「すぐ治りますし……それよりも着替え!」
 キラの軍服の予備、どこに置きましたっけ……とシンは真顔で問いかける。確か、昨日着ていたのはクリーニングに回したんですよね、とも付け加えた。
「確か、そっちのロッカーを借りて入れたんだよね」
 持ってきたはずだから、といいながら、キラはロッカーのドアを開ける。しかし、次の瞬間、しっかりと固まってしまった。
「……入ってない……」
「あれ?」
 でも、確かに一セットは持ってきた記憶がある……とシンは首をひねる。だが、考えなくてもすぐに思い出せた。
「こっちですよ、キラさん。しわにならないようにって、ハンガーに掛けたじゃないですか」
 こう言いながら、シンは自分が使っている方のクローゼットの扉を開ける。そうすれば、シンの軍服の脇にキラのそれがきちんと掛けられていた。
「そうだったね」
 まだ寝ぼけているのかな、と首をひねっているキラが、どこか子供っぽいと思う。そんな彼の姿を見るのは初めてかもしれないとも。あるいは、自分には素顔を見せてくれているのかもしれない。
 だとしたら嬉しいな、とシンは心の中で呟いた。

 イザークとの連絡待ちの時間で、しっかりと朝の騒動の顛末を報告させられてしまったのは、どうしてなのだろうか。そうは思うのだが、相手がディアッカなだけに仕方がないのかとも思う。
 昔から、彼は自分からあれこれ聞き出すのが上手だったし、とも付け加える。気が付けば、全部はなすは眼になっていた、というのはよくある話だった。こう言うところもフラガに似ているかもしれないと思う。
「……で? 一緒に寝ただけ?」
 ディアッカの問いかけに、キラは小さく頷いてみせる。
「僕の部屋のベッドの位置って、シン君が使っている簡易ベッドの場所だから……間違えたんだよ、きっと」
 他意はない、と苦笑とともに付け加えた。
「キラならそうだろうけどな」
 自分としては、シンをほめたくなるな……とディアッカは笑う。
「シン君を?」
「そ。おっさんでも誰でもいいから聞いてみな。好きな相手と一緒に寝ていて我慢できるかどうか」
 俺だったら、自信はない……と彼は付け加える。
「……そうなの?」
 自分にそのような欲望が希薄なせいか、キラには今ひとつ実感がわかない。
「そうそう。そういうもんなの」
 普通はな、とディアッカは少しだけ笑みに苦いものを滲ませた。
「お前の場合は……あの時の経験が強烈すぎるだけだから、仕方がないんだけどな」
 いまだに、心の一部にロックがかかってしまっているのだろう、と彼は付け加える。それに、そばにいたのがあれだし……とも。
「……アスランのこと?」
「そうそう。あれがまとわりついたせいで、さらにお前の心が危機感を覚えて、さらに感覚を鈍くしたのかもしれないぞ」
 あいつも、アプローチが下手だからな、とディアッカは付け加える。
「ディアッカ?」
 そうなのか、とキラは聞き返す。
「ミリィと俺がそうだっただろう? やっぱり、恋人に死なれたばかりの相手にはそれなりの気持ちで接しないとな」
 もちろん、強引に振り回されて気持ちを吹っ切れる奴もいるだろうが、キラの場合は違うだろう? とディアッカは言い返す。
「そういった意味で、一歩退くことを覚えたシンはお買い得かもな」
 まぁ、あくまでもこれからの言動次第だが……と彼は付け加えた。
「ディアッカ」
「叩けばのびるタイプだろう、あれ」
 アスランと違ってな、という言葉には、キラも頷かないわけにはいかない。
「……シン君は、きちんとこちらの話に耳を傾けてくれるからね」
 だから、きっと、これからもっと成長してくれるだろう。彼の目をふさいでいた《憎しみ》も今はないようだから、とキラも頷く。
「そうそう。だから、あれはお買い得」
 というわけで、後であれこれ話をするか……とディアッカが口にしたときだ。
「通信回線、開きました」
 メイリンがこう報告をしてくる。
「ありがとう」
 そんな彼女に向けて、キラはこういう。
「それと……今のことは内緒にしておいてね」
 でないと、厄介なことになるから……と取りあえず釘を刺す。
「わかりました」
 即座に言葉を返してくれた彼女に、キラはさらに笑みを深めると頷いて見せた。