しかし、気まずい。
 キラと二人きりになった瞬間、シンはどういえばいいのかわからなくなってしまう。
「あの……キラさん……」
 ともかく、荷物の整理をしないと寝る場所も作れない。そう思って、シンは思いきって声をかける。
「うん……」
 それにキラも言葉を返してくれた。
 しかし、その後が続かない。なんというか、本気で緊張している、というのが伝わってくるのだ。もっとも、それは自分自身も同じ事ではあったが。
「取りあえず……食事に、いきませんか?」
 それはきっと、ここに二人っきりだから、だろう。一旦、気分転換をすれば、きっと元通りになれるのではないか。
 いや、そうに違いない。
「そうだね。整理は……その後でもいいか」
 キラもこう言って頷いてくれる。その仕草は、いつもの彼らしくてシンは少しだけほっとした。もっとも、これが見せかけだけだ、という可能性も否定できないところが悲しいのだが。
「手伝いますから……といっても、手伝うほどないですよね……」
「このくらいなら、一人でも、何とかなるかな」
 きっかけを見つけたせいか。取りあえず、まだまだぎごちなさは残るものの、会話はできる。しかし、お互いがお互いを意識している、ということは十分にわかっていた。それが、先ほどの失言のせいだ、ということもわかっている。
 どうして、あんな風にばらしてしまったんだろう……とシンは心の中でため息をつく。
 自分さえ黙っていれば、あるいはうまくいっていたのかもしれない。
 でも、キラも……とそう心の中で呟いたときだ。
「さっきも言ったけど……シン君と一緒にいるのは、いやじゃないから……むしろ、好き、かな?」
 ぼそり、とキラが呟くようにこう口にする。
「キラさん……」
「シン君自身も、好きなんだ……と思うけど……でも、それがまだ、恋愛感情なのかどうかは、わからない……」
 ごめんね、と彼は続けた。
「今は、それだけでいいです……でも、俺がキラさんを好きだっていうのは、覚えていてください」
 自分も気づいたのは最近のことだけど……とシンは素直に口にする。でも、その前から好きだったのかもしれない、とそう思う。ただ、自分自身がそれを認めたくなかっただけなのだ。あるいは、自分の過去の行動がそれをためらわせたのかもしれない。
「うん。ありがとう」
 この言葉に、キラはふわりと微笑んでくれる。
「だから、もう少しだけ、時間をくれるかな?」
「はい」
 それだけで、今は十分です、とシンは付け加えた。
「じゃ、さっさと片づけて……食事に行きませんか? 他にも仕事がたまっていそうですし」
 何か考えただけでいやになってくる……とシンは別の意味でため息をつきたくなってしまう。もっとも、それはキラも同じだったらしい。
「アスランが来る前に、何とかしないと、ね」
 面倒くさい、とキラもまたため息をついた。
「……でもその前に」
 でもその前に、とシンはキラを見つめる。
「何?」
「……キス、してもいいですか?」
 てへっ、と冗談めかして聞いてみた。こうなれば、開き直ってしまえ! とそう思っただけ、とも言う。それでも、アピールできるならした方がいいだろうし、とも考えたのだ。
「シン君……」
 まさかこんなセリフを自分が言うとは思っても見なかったのだろう。キラは驚いたように目を丸くしている。だが、すぐに小さな笑いを漏らすと言葉を口にした。
「唇以外なら、いいよ」
 そのくらいなら、いつでも……と切り返してくるのはさすがだ、というべきなのだろうか。
「なら、遠慮なく」
 だからといって、負けるもんか……と心の中でシンははき出す。そして、キラの手を取ると、そのまま彼の指先にキスを贈る。
「シン君?」
「唇じゃないですよ〜」
 慌てるキラが可愛いかもと思いながらも、シンはこう言い返した。

 その後、ちょっとしたじゃれ合いをしながら荷物を整理して、食堂に足を踏み入れたときだ。
「シン!」
 ちょっと、とまるで待ちかまえていたかのようにルナマリアが声をかけてくる。
「キラさん、すみません」
 本当はキラの側にいたいのだが、やはり彼女を無視するのはまずい。そう判断をして、シンは一応キラに断りを入れる。
「女性はすねられると恐いからね」
 そうすれば、キラは苦笑とともにこう囁いてきた。さすがに、今の一言をルナマリアに聞かれると困る、とそう思っていたのだろう。
「ですね。すぐ行きますから……また飲み物だけ、というのはやめてくださいよ。せめて、サラダとトーストにだけはとってください」
 メインディッシュも取って欲しいところだが……とシンが付け加えれば、
「今日はロールキャベツだから……大丈夫だよ」
 ちゃんと食べるって、とキラは言ってくれる。少なくとも、これで飲み物だけ、という状況は避けられそうだ。しかし、それでもまだ安心はできない……と考えてしまうのは、きっと、今までの行状があるからだろう。  できれば、誰かがそばにいてくれればいいんだけど……と思いながら周囲を見回せば、ディアッカの姿が確認できる。シンの視線を受けた彼がしっかりと頷いて見せたから、任せて大丈夫だろう、と判断をした。
「で、何?」
 キラの側にいなきゃないから、できるだけ早く頼む、とシンは言外に付け加えながら彼女に問いかける。
「……まったく、あんたは……」
 本当に性格変わったわね、と彼女はため息をつく。
「何が言いたいんだ?」
 気に入らないという表情を隠すことなくシンは聞き返す。
「そんなの、決まっているでしょう。キラさんの事よ」
 他に何があるのか、と彼女は真顔で付け加えた。
「……あんた、告白したの?」
 フラガがあちらこちらでそういっているのを聞いたけど……と付け加えられた瞬間、シンはその場に崩れ落ちそうになる。だが、気力でなんとか持ちこたえた。
「ったく、あの人は……」
 何をしてくれているんだ、とそれでもぼやかずにはいられない。
「って事は、本当なわけね。で、キラさんもそれを嫌がっていないと」
「取りあえずは、な」
 好きだ、とも言ってもらったが下手にそれを教えるととんでもない誤解が広がりそうだからやめておこう……とそう思う。
「……じゃ、仕方はないわね」
 まったく……とルナマリアはため息をつく。
「ルナ?」
「仕方がないから、ミリアリアさん達に協力をするわ。キラさんのために!」
 決して、あんたのためじゃないからね! と彼女は言ってくる。それが彼女にしてみれば精一杯の言葉だ、ということもしっかりとわかってしまった。
「……それでもいいよ」
 まぁ、邪魔されないなら……と心の中だけで呟きながら、シンは笑みを作る。
「やっぱり、あんた変わったわ」
 言い方向に、とルナマリアはあきれたように呟く。
「恋が人間を変えるって本当なのね」
 それには何と言い返せばいいのか。取りあえず、黙っていることを選択したシンだった。