いったい、なんで彼等はこんなことを言い出したのか。
 シンとともにやってきたフラガとバルトフェルドの言葉の意味がわからないと、キラは思わず首をかしげてしまう。
「だからな。アスラン対策で、しばらくの間、シンの部屋に引っ越していて欲しいんだよ」
 その間に、キラの部屋にトラップを仕掛けておくから……とものすごく楽しそうな口調でフラガが告げる。その背後に、同じような表情のマードックをはじめとした整備陣――何故か、地球軍から派遣されてきた者達の姿もある――を見つけて、キラはますます困惑してしまった。
「アスラン対策って……危なくないですか?」
 さすがに、ケガをするようなことは……とキラは口にする。
 それ以前に、対策を取らなくてもいいのではないか……ということすらも今のキラは思い浮かばない。それだけ目の前の人々の迫力に押されていたと言うべきなのだろうか。
「何。心配はいらないって……非常ベルだのなんだのを少し増やすだけだ」
 ついでに捕獲装置かな、とマードックが苦笑とともに口にした。
「後は、お前さんが逃げ込める場所の確保だって」
 そうしていれば、アスランが何をしようとしても時間を稼げる。その間に、誰かがかならず駆けつけられるはずだ、と彼は真顔で口にした。
「そうそう。俺か虎さんか……あぁ、お姫様二人、という可能性もあるぞ」
 それこそ恐いだろうな、別の意味で……という言葉に、キラは思わず頷いてしまう。もっとも、次の瞬間『しまった』という表情を作ったことは否定できないが。
「どうやら、納得してくれたようだな」
 キラの反応を見て、フラガがこういう。
「シン! キラの必要なものをまとめてしまえ」
 キラに任せるよりも確実だからな、と彼は付け加える。
「なんなんですか、それは!」
 思わず、キラはこう抗議の声を上げた。しかし、それをフラガは見事に無視してくれる。
「あぁ、キラは仕事に必要なものをまとめておけ。日常必需品は、シンに任せてな」
 その代わりにこんなセリフを彼は口にした。
「……ムウさん……」
「ほらほら。早くしないと、みんなが来るまでに終わらないぞ」
 アスランが来たときに、まだシンの部屋にいたければ、それはそれでもいいが……とからかうように付け加えられては、キラとしても動かないわけにはいかない。そんなことになればどんな騒ぎになるのかわからないのだ。
「そっちの方が安全かもしれませんな。捕獲装置だけ用意しておけばいいんですし」
 解除方はシンに教えておけばいいか……とマードックが笑う。
「その方が楽です」
 いったいどちらに同意をした言葉なのか。整備陣の一人からこんなセリフが飛び出した。確か彼は地球軍から派遣された人物だったはず、とキラは思い出す。つまり、マードックは彼等をしっかりと掌握していると言うことなのだろう。さすがだ、というべきなのだろう。
「まぁ、それは作業の進行次第、ということにしておけ」
 なぁ、キラ……といわれて、渋々ながら頷いてみせる。
「ということで、さっさと引っ越しの準備をしろって……あぁ、トリィは悪いが預かりな」
 アスランが何をしているかわからないから……と言うフラガにマードックが首を縦に振っているのが見えた。つまり、そういう認識なのだろう。
「……本当に……」
 ある意味、アスランの自業自得なんだろうけど……とキラはため息をつく。そして、仕方がなく引っ越しの準備を始めた。

「……まぁ、頑張るんだな……」
 すれ違いざまに、フラガがこう囁いてくる。
「何を……」
 頑張れ、というのか……と問いかけようとシンは視線を彼に向けた。しかし、既にフラガはキラの側に歩み寄っている。これでは声をかけることもはばかられるのではないか、とそう思う。
 それでも彼の背中を見つめていたせいか。不意にキラの視線と自分のそれがぶつかってしまう。
「どうかした?」
 自分に用があると判断したのだろう。キラがこう問いかけてくる。
 本当のことを言うわけにはいかないし……とシンは慌てて口実を探そうとした。そして、手元にタオルがあることに気づく。
「タオル、どうしますか? 俺の部屋のじゃいやだって言うなら持っていきますけど……」
 使用済みとはいえ、一応クリーニングはしてあるが……とシンは慌てて付け加える。
「貸してくれるなら、そっちの方がいいかな?」
 どうせ、すぐに戻ってくるんだし、いざとなれば取りに来ればいいよね……とキラは笑いながら口にした。
「じゃ、そういうことで……となると、下着ぐらいですか、持って行かなきゃないものは」
 後は、自分の部屋にもあるし……とシンは呟く。貸し借りしても困るものはそのくらいだよな、とも。
「そうだね」
 そうすれば、荷物も少ないよね……とキラが微笑む。
「ですよね」
 どう見ても、仕事関係の荷物が多いから……とシンは言い返す。だから、その分、共有できるものは共有して、移動をする荷物は減らした方がいいだろう、とシンも言い返す。
「でも、デスクは予備を入れてもらった方がいいですね。そうすれば、俺も一緒に仕事できますから」
 自分の部屋にある机は、取りあえずキラに明け渡した方がいいだろうし……とシンは付け加える。
「あぁ、それなら虎さんが既に手配していたぞ。こっちの準備が終わると同時にあっちに搬入できる手はずになっている」
 って、既に予想範囲内ですか、自分の意見は……とシンは心の中で呟く。これを至れり尽くせりと言うのだろうか、とも。
「……何か、同棲するカップルが、引っ越しの相談をしているみたいだな、今の会話は……」
 ぼそり、とマードックがこんな呟きを漏らす。
「マ〜ドック、さん……何を……」
 それに、シンの声が見事に裏返った。
「冗談きついですよ、マードックさん」
 キラはキラでこんなセリフを口にしている。しかし、どこかその声が震えているような気がするのは錯覚だろうか。
「いや、まじで言っているんだが……なぁ、フラガ一佐?」
 誰かさんの時がそうだったよなぁ、と彼は苦笑を滲ませながら口にする。その瞬間、フラガがさりげなく視線をそらしたのがわかった。つまり、そういうことがあったのだろう、と誰もがしっかりと推測をしてしまう。
 しかし、今重要なのはそれではない。
「……だからといって、僕とシン君じゃ……シン君がかわいそうですよ」
「そんなことはないです!」
 キラの言葉に無意識のうちにシンはこう叫んでいた。
 次の瞬間、自分の言葉にシンはしっかりと凍り付く。いや、シンだけではなくキラも、だ。
 ある意味、気まずい空気が周囲を流れる。
「……まぁ……僕もいやじゃないけど……」
 それを壊すかのように、キラがこう呟く。
「キラさん!」
 ということは、期待をしてもいいのだろうか。そんなことすらも考えてしまう。
 ひょっとして、こうなることが彼にはわかっていたのだろうか。だから『頑張れ』と囁いてきたのかもしれない、と思うのは穿ちすぎかもしれない。
「ともかく、さっさと引っ越しの準備をしてくれ。その後で、じっくりと二人で話をするんだな」
 フラガがこう言いながら、キラの背中を叩くのが見えた。