不意にブリーフィングルームの外が騒がしくなってきた。
「……何だ?」
 何かあったのか……と口にしながら、マードックがそちらの方に視線を向ける。それにつられたようにシンとルナマリア、メイリンも視線を移動させた。
「キラさん」
 次の瞬間、メイリンの口からここの最高責任者の名前が飛び出す。
「……本当だ」
 ルナマリアも相手の姿を確認してこう呟いている。
 しかし、誰もそれを不思議に思わないのか。口々に声をかけている様子が見えた。
「キラさんに坊主にキラさま……か」
 しかも、だ。誰もその地位を口にしない。代わりに名前を呼んでいるのだが、その後に続く敬称に違いがある。それはどうしてなのだろうか、とシンは思う。
「やっぱり、気になる?」
 小さな笑いとともにメイリンが声をかけてくる。
「確かに、気になるわね」
 シンが口を開くよりも早く、ルナマリアがメイリンに向かってこういった。やはり、それは姉妹の気安さなのかもしれない。
「あのね。キラさんを『キラさま』っていっている人の多くが、オーブの軍人の方で『キラさん』と呼んでいるのが前の戦いから一緒の人たち。『坊主』マードックさんをはじめとしたクルーの人が多いみたい」
 他にもいろいろあるわね、とメイリンは笑う。でも、主なものがこの三つだ、とも。
「だったら、なんて呼べばいいのかしら……」
 私たちは、とルナマリアは呟く。無難に『キラさん』でいいのか、とも。
「好きにすればいいだろう?」
 でなかったら、本人に聞けよ……とシンが口にした瞬間だ。
「何の話?」
 不意にキラの声が割り込んでくる。
「キラさん!」
 慌てたようにメイリンが彼の名前を呼んだ。
「何?」
 首をかしげてこう聞き返している様子は、とても自分たちよりも年上とは思えない。
「……あんたを何と呼べばいいのかって話です」
 ともかく、質問には答えないと……と思ってシンはこう告げる。その瞬間、左右から抗議の言葉があがった。
「本当のことだろう」
 何がいけないのか、とシンは言い返す。
「お嬢ちゃん達にしてみれば、本人には知られたくなかったって所なんだろうな」
 笑い声とともにマードックがこう言ってくる。
「と言うわけで、聞かなかったことにしてやるんだな、キラ」
「……そういうことにしておきます……」
 苦笑とともにキラはこう言い返してきた。
「それよりも、ちょっといいかな?」
 ふわりと優しい表情を作ると、キラは視線をシンに向けると声をかけてくる。
「俺、ですか?」
「そう」
 付いてきて……と彼はシンを手招く。
「……キラ? ひょっとして、あれか?」
 不意にマードックが問いかけの言葉を口にする。
「えぇ。ムウさんも、それがいいだろうとおっしゃってくれていますし……もっとも、彼がかまわないと言ってくれればの話ですが」
 この言葉に、シンは微かに眉を寄せた。
 自分に関係していることはわかる。
 だが、いったい何のことなのだろうか。そう思うのだ。
「あの……」
「付いてくればわかるよ」
 ふわりと微笑むと、キラはシンの瞳をのぞき込んでくる。
「それとも、話を聞いてくれる気はないのかな?」
 なら諦めるけど……とキラはさらに言葉を重ねた。
「おつきあいさせて頂きます」
 シンはきっぱりとした口調でこう告げる。彼が自分を必要としてくれているのなら、それに答えたいという気持ちがあったことは否定しない。
 それ以上に、彼に嫌われたくない。そう思ってしまったのだ。
 どうしてそんなことを思ったのだろうか、と考えても答えは見つからない。
 それでも、そう感じてしまうのだ。
「ありがとう」
 シンの言葉を耳にして、キラはこう言って微笑む。
「いえ。当然のことです」
 そんな彼の表情に、シンは思わず見とれてしまいそうになる。そんな気持ちを必死に抑えつけてこういった。
「じゃ、付き合ってね」
 微笑みとともにキラはきびすを返す。
「マードックさんも、一緒にお願いします」
「おうよ」
 キラの呼びかけにマードックも即座に言葉を返した。そして、それを合図に彼は歩き出す。シンも遅れまいと、慌てて歩き出した。