「……何か、謀られたような気がするんだけど……」
 でも、間違いなく自分はキラに恋心を抱いているらしい。それは認めないわけにはいかないようだ、とシンは呟く。
 だからといって、どうすればいいのかというとそんなことわかるはずがないだろう。そうも思うのだ。
「……男から告白されたって、嬉しくないよな……普通は」
 でも、と囁く声がする。キラなら、そんな告白でも否定せずに受け入れてくれるのではないか、と。
 しかし、シンはすぐにその考えを否定した。
 否定しないかもしれないが受け入れてくれるとは限らない。
 それでも、無意識に避けられてしまう可能性はある。そうなれば、今までのようにそばにはいられないのではないか。
「キラさんのそばにいられなくなるくらいなら……我慢した方がいいよな」
 自分の気持ちだけを優先して突っ走れば、きっとまた失敗してしまう。だから、我慢することも必要なのではないか。そう考えたのだ。
 でも、と思う。
 その間に他の誰か――その可能性があるとすれば、ルナマリアだろうか。アスランはどうしたんだ、といいたくなるくらい、最近の彼女はキラにべったりだったりする――に取られてしまうかもしれない。
「俺、どうすればいいんだよ……」
 告白して玉砕するか、黙って他の誰かに取られるのを指をくわえてみているのか。
「……アスランって、可能性が低いのだけは救いだけどな」
 キラが望んでも周囲が反対するに決まっている。そして、徹底的にアスランを排除しにかかることは目に見えていた。
 それがどうしてなのか。
 何やら、彼等が敵対していた頃に口走ったセリフが原因らしい。残念だが、それを自分は知らないのだ。だが、彼女たち――カガリはともかくラクスやミリアリアまで――をそこまで怒らせるなら、キラに対して最大の逆鱗だったのではないか、とそう思うのだけだ。
「そういえば……ルナが聞いていた、っていっていたな」
 アスランが嫌いな理由を教えてくれたときのミリアリアの様子を思い出せば、彼女に聞くのははばかられる。まして、キラ本人に問いかけるわけにはいかないだろう。
 だから、ルナマリアに……というのは当然の流れなのではないか。
「問題は、何と言って切り出すか、だよな」
 馬鹿正直に本当のことを言うわけにはいかない。しかし、他にどういえば彼女が納得をするのか。思い切り難問のような気がしてならない。
「だからといって、今更、キラさんを嫌いになれないし……いきなり襲うようなことになったらもっとまずいし……」
 本当にどうすればいいのか。
 経験値が足りないというのはマイナスかもしれない、とそう思う。だからといって、自分の今までの人生――そういえるほど長くは生きていないような気がするが――の中で、恋愛に意識を向けていられた時間なんてほとんどなかったことも事実だ。
「あぁ、キラさんにアスランを近づけるなって言われたから……言えばいいのか」
 その理由がわからないと押し切られるかもしれない。だから、知っているなら教えてくれ、といえば、キラ一番のルナマリアも妥協してくれるのではないか。
「当たって砕けろ、かな、この場合」
 ダメならダメで、また方法を考えればいい。理由を追及されそうになったら逃げるというのも一つの手だしな。そう心を決めると、シンは立ち上がった。

「今、いい?」
 こう言いながら近づいてきたのはミリアリアだった。
「えぇ。何か?」
 そんな彼女にルナマリアは微笑みを返す。そして、少しだけ腰をずらして彼女のための場所を空ける。
 もちろん、自分たちの体格であればそんなことをしなくてもここに二人ともちゃんと座れる事はわかっていた。それでも、一応礼儀としてすべきだろう、と判断をしたのだ。
「ありがとう」
 ふわりと微笑みながら、ミリアリアはこう言ってくる。同時に、彼女は手にしていたものをルナマリアの前に差し出してきた。
「よかったら、付き合ってくれる?」
 かわいらしい籐のバスケットの中には二人分の軽食が収まっている。
「どうしたんですか、これ」
「キラと食べようっと思ったんだけど……ディアッカにかっさらわれちゃったのよ」
 ラクス達の警備のことだと思うから、文句も言えないのよね……と彼女は付け加えた。そうでなかったら、ただではすまさないところだったんだけど、とも。
「そうですよね」
 確かに、自分を好きだと言われている人間がそんな行動を取ったら、こっぴどくふる程度ではすまさない、と思う。
「でしょ。だから、丁度いい機会だから二人だけで話をしたいな、って思ったの」
 いつもはメイリンが一緒だから、と彼女は口にした。それが嫌なわけではないのだけど、とも。
「私と、ですか」
「えぇ。そう。あなたと」
 考えてみたら、ゆっくりと話をする機会がなかったから、という言葉の裏にどのような意味がこめられているのか、とルナマリアは思う。
「あぁ、難しく考えないで。キラのことをどう思っているか、だから」
 あれが来るかもしれないから、確認のために……とミリアリアは苦笑とともに告げた。
「……アスランですか?」
「そう。個人的に、あれをキラに近づけたくないのよね、私」
 あんなセリフを吐いてくれたから……といわれて、ルナマリアはすぐにその時の光景が思い浮かんでしまう。あんな風に、無意識にキラを傷つけられてはたまらない、と彼女たちは考えているのだろう。
 それには同意だ。
 キラは自分にとっても大切だと思える相手だし……と心の中で付け加える。しかし、それがどうしてなのか、と考えてみれば答えはすぐに出た。
「それはわかります。キラさん、アスランの言葉が一番堪えていたみたいですし」
 事情が全てわかった今は、とても許す気にはなれない……とも思う。
「でしょう? だから、ね」
 アスランが手を回しそうな相手に確認をして回っているのだ、とミリアリアは苦笑を深めた。
「……そうですね。キラさんとアスランなら……キラさん優先ですね、今は。でも……恋愛感情というのとは違うと思います」
 一番近いのは、アイドルに抱く感情だろうか。
 手が届かないけれどもあこがれる……という状況だろう。もっとも、キラはアイドルと違って日常的に声をかけられる相手ではある。そして、彼に自分は認められているという自負もあるのだ。
 それでも、そういう対象としてみられないのはどうしてなのか、と思う。
「あぁ、その表現は一番しっくりするかもしれないわね。オーブの軍人なんて、ものすごく顕著だし」
 それはそれで問題だけど……とミリアリアは付け加える。
「キラはキラで、恋愛を怖がっているし……というよりも、好きになった相手を自分が守れなくなるのが恐いのよね」
 一種の脅迫観念なのだろう、という言葉の裏にどのような状況が隠れているのか、人づての情報だがわかってしまう。
「……だから、今度キラが好きになるのであれば、守らなくていいだけじゃダメなのよね。一緒に支え合える人間じゃないと」
 アスランの場合、一方的に依存しているらしいから……とミリアリアはため息をつく。
「……それで、シン、なんですか?」
 気が付いてはいたものの恐くて聞くことができなかった問いかけをルナマリアは口にする。
「それだけじゃないけど、ね」
 まぁ、理由の中の一つではある……とルナマリアはぺろり、と、舌を出した。
「彼は……珍しくキラが関心を寄せた相手なの。私たちとは違って、義務とかなんとかじゃなく、ね」
 どうしても、自分たちに対しては『守らなければいけない』という義務感をキラは捨てきれないらしいから、と付け加える。
「それに、個人的に言えば、あの二人が並んでいる姿は見ていて楽しいのよね」
 いろいろな意味で……という言葉に、ルナマリアも頷いてしまう。
「それはわかります。シンなんて、別人ですよ、別人」
 あんた誰って、感じです……と言えば、ミリアリアも『そうかも』と言い返してきた。
「彼って、ものすごく素直だものね。私たちとキラに対する態度が全く別だわ」
 だから大丈夫かなって思ったの、と言われてしまえば納得するしかない。それに、と思う。
「下手な女性にもっていかれるよりマシですね」
 それに《アスラン》にも。そんなことになれば、今までのように気安くそばに寄れなくなりそうだ、と。
 だから、自分も認めるしかないのかな……とルナマリアは心の中で付け加える。まだ応援する気にはなれないけれど、見守っている程度ならいいかもしれない、とそう考えていた。