翌日には、オーブから今回の首謀者と思われる人間が掴まった、と連絡があった。 「……また、セイランか……」 直系であるウナトやユウナは既にこの世の人間ではない。だが、傍流の者達はまだまだ多く残っている。母親の方の親戚も含めれば、どれだけの存在がいるのか、オーブでもまだ掴み切れていないらしい。 というよりも、そこまで離れていれば既に他人だろう、といいたくなる程度の者が今回の首謀者だったらしい。 「……ブルーコスモスも、引っ張り出せる人間を捜すのに躍起になっているらしいな」 本当、無駄に精力的だよ……とフラガがぼやく。 「仕方がないわね。連中にしてみれば、カガリさんさえ排除できればオーブを掌握できる、と思っているらしいから」 確かに《五氏族家》の名を持つ者としてはカガリとサハクのミナぐらいしか現在は残っていない。そして、サハクは既にオーブに関しては干渉しないと明言しているのだ。 だから、と言いたいのはわかる。 しかし、国民の意思はどうかといえば違うとしか言いようがない。 カガリに万が一のことがあれば、多くの者は《キラ》をその後継者として望むだろう。本人がそれを望まないにしても、だ。 「連中も、他の誰かに寄生しなければ生きていけないんだろうからな」 かつてウナトやユウナにしていたように、とフラガはため息をつく。 「利害関係が一致してしまったから、厄介なのよね」 まぁ、すぐに誰かに取って代わられるのは目に見えているけど……とマリューは苦笑を浮かべる。 「辛辣だな」 「でも、本当のことでしょう?」 「確かに」 実のところ、かなり怒っているな……とフラガが彼女を抱き寄せながら心の中で呟く。もっとも、それに関しては責めるつもりはさらさら無い。自分だって同じくらいは怒っているのだ。 「今回は、幸い被害は執務室だけですんだようだからな。アスランも、普通の時には有能なんだよな、普通の時には」 自分の脳裏にだけ存在している《キラ》にだけ執着していなければ、彼にキラの隣を任せてもいいと誰もが考えただろう。 しかし、現実はそうではない。 それがわかっているからこそ、彼女たちはその権力を使って彼をキラから遠ざけているのだ。それを『職権乱用』というつもりは、フラガには全くない。いや、この調子だと、マリュー達はもちろん、バルトフェルド達も同じだろう、とそう思っていた。 「そうね。でも、逆に言えばこれで彼の動きに制限ができたわね」 カガリ達の出発が遅れると連絡があったのだ。 今回のことをしっかりと片づけなければ安心できないという彼女の言葉はもっともなものだろう。そして、それをラクス達プラント側も受け入れている。どころか、それなりに動いていると聞いていた。 「そして、こっちには時間的な猶予、か」 だが、本当にあるのかどうかは疑問だがな、と心の中ではき出す。キラはともかく、シンの方は奥手にしてもほどがあるぞ、とそう思うのだ。 「あいつらは、少しは進展しているわけ?」 最近、あれこれあって、以前ほどキラの側にいられないのだ。その代わりに、シンがべったりとくっついているはず。 それを思い出して、ついついこう問いかけてしまう。 「しているみたいよ。そばで見ていると、時々凄く面白い光景に出くわすわ」 初々しいとしかいいようがないわね、あれは……とマリューは微笑んだ。 「だから、今回のようなことでなければ、アスラン君が忙しくなってくれたことはいいのよ。その間に、もう少し後押ししてくっつけちゃえばいいんだし」 問題は、カガリがねらわれたことかもしれない……とマリューは言外に付け加える。キラのショックが大きすぎたのだ、とも。 「……俺だったら、それにつけ込むんだが……シンじゃ無理か」 「ムウ!」 何気なく漏らしてしまった言葉が、マリューの逆鱗に触れてしまったらしい。その後フラガはしっかりとお小言を食らう羽目になってしまった。 もちろん、キラはフラガ達がそんなことを画策しているとは知らない。 いや、彼等が何かをしているらしいことは知っていた。だが、自分にその内容を教えないと言うことは、自分が知らなくていい事なのだろうとそう考えているのだ。 それよりも、今は優先しなければならないことがあるし……とそう思う。 「キラさん……食事に行きましょう!」 だが、それを邪魔するかのようにこんな声が飛んでくる。 「……んっ……」 モニターから顔を上げることなく、キラは生返事だけを返す。取りあえず、区切りはついているが、もう少し情報が欲しいと思うのだ。 二度と彼女を危険にさらしてはいけない。 そのためには少しでも情報が多いに越したことはないはずだ。そう思うのだ。 「キラさん、ってば! 聞こえていますか」 また同じ声が耳に届く。 「うん……」 返事はするが作業をする手は止めない。 「……キラさん、いい加減にしないと、キスしますよ……」 さらに何か言われたような気はするが、その内容を認識するところまでは意識が向かない。 「……うん……」 だからついつい適当に相づちを打ったのだが。それが相手の機嫌を損ねたのか。それとも別の理由からか、不意に誰かの手がキラのあごにかかる。そう認識したときにはもう上を向かされていた。そして同時に唇のすぐ脇に濡れたものが触れてくる。 それがなんであるのかは、すぐにわかった。 「……何……」 離れていくぬくもりに、キラはこう呟く。 「俺、聞きましたよね。キスしますよって。そうしたら、うん、っていったじゃないですか、キラさん」 それとも、認識しないまま相づち打っていました? とシンが問いかけてくる。というよりも、先ほどまで誰が声をかけてきていたのかを認識していなかったのか、とキラは改めて思い知らされた。 「やっぱり、声が聞こえたから適当に返事をしていたんですね」 ミリアリアさんから聞いていたけど、実際に目の当たりにしたことがなかったから知らなかったけど……とシンは付け加える。 「……ごめん……」 確かに、今までは作業に熱中していても彼の言葉でやめていたからな、とキラは心の中で呟く。こんな状況でなければ、と今回だって彼の声で作業をやめていただろう、とも。 でも、大切な人の命がねらわれてしまってはそうも言っていられないだろう。 「謝らなくてもいいですけど……これが他の誰かだったら、絶対に誤解されていますよ」 それともものすごいまずい状況になっていたか……とシンは付け加える。 「シン君?」 「ひょっとして、アスランがいまだにキラさんに執着しているのはそのせいなんじゃないですか?」 さらに付け加えられた言葉に、キラは思わず首をかしげてしまう。 「そうかなぁ」 完全に否定できないところが悲しい、とキラは考える。今だって、シンが教えてくれなければ何を言われたのかわからないところだったし、とも。 「そうですよ」 さらにシンは言葉を重ねてくる。 「でないと、悪い人間につけ込まれますよ」 俺みたいな……という言葉にキラは反対側に首をひねった。 「シン君のどこが悪い人間なの?」 自分に付き合うだけではなくあれこれ面倒を見てくれるのに、とキラは本気で言い返す。それに、シンは苦笑だけを返してきた。 |