いったい、いつまでそこで無駄な時間を過ごすつもりなのか。 アスランをにらみ付けながら、カガリはそんなことを考えてしまう。 「同じ事を何度も言わせるな。お前を連れて行く予定はない」 それでも、これだけは変えないぞ……と言葉を口にした。 「カガリ!」 もちろん、アスランも引き下がるつもりは全くないようだ。それはそれで予想していたことではある。 「何故、俺があの場に行ってはいけないんだ! キラに何かあったから、俺を遠ざけようとしているんじゃないのか?」 なら、どれだけ反対されても勝手に行くだけだ! とアスランは言い切る。 「それで、私はオーブ全軍にお前を捕縛もしくは撃墜するように命令させるつもりか?」 最悪、ザフトも同じ理由で動くぞ……とカガリは口にした。いや、ラクスの方が容赦はないのではないか、とそう思う。そして、アスランもその事実はよく知っているはずなのだ。 「そうなったら、キラが悲しむだろうな」 わざとらしいため息とともにこう付け加える。もちろん、これで引き下がってくれたら上等、と言う程度の認識で口にしたセリフだ。 「……だったら、大人しく同行を認めろ」 それで全ては解決するだろうが、と予想通りの反応をアスランは口にする。 「それで? たとえ行ったとしても、お前はキラのそばには近づけないぞ。それを理解できているのか?」 キラ達がいるのは、あそこの中枢部であり、自分たちが査察できる範囲に彼の居住区域は入っていない。それはラクスも納得している事実だ。 「そんなの……キラが許可を出してくれるに決まっているだろう」 自分は特別なのだから、と顔に描きながらアスランはこう言ってくる。 「出さない、とキラが言っているんだ。それに、キラにとって特別といえば、私だってそうだろうが」 ただ一人の肉親だからな、とカガリは言い返す。 自分だって、カガリ達とゆっくり話はしたい。それでも、地球軍から派遣されてきた者達の心情を考えれば、許可できないから、とすまなそうにキラが言ってきたのだ。だから、彼に無理強いをするつもりはない。 「キラの希望だから、私もラクスも引き下がったんだぞ。お前にそれができないとわかっているから、置いていくと言っているんだ」 文句があるのか、とカガリはアスランににらみ付ける。 「……それは……お前達が国家元首だから、だろうが」 ここまで説明されても、まだ言うか! とカガリは思わずそばにあったペン立てに手を伸ばしてしまう。そのまま、それを彼に投げつけたくなってしまったのだ。 「なら、お前はその国家元首の護衛だろうが! それこそ、キラが私たちと癒着している、といわれかねないぞ」 それで、ようやくまとまりかけた組織がまた分裂するような事になればどう責任を取るんだ! とカガリはペン立ての代わりに言葉を投げつける。 「それは、お前らの計画が悪いからだろうが!」 そして、その不備をキラに押しつけたからじゃないのか、とアスランは言い返してきた。 本当に、どうして《キラ》が絡むと、こいつはこうまでバカになるのか。普段は――彼の本性を知らない人間の前では――有能といえるのに。そう考えると、本気で頭が痛くなる。 「……言っておくが、私たちが出したのは許可だけだぞ。後のことは、みんな、キラとキサカが決めた」 自分は、キラが離れると言うことで混乱を来していたお前とオーブ軍を落ち着かせるので精一杯だったからな、とも付け加える。もちろん、オーブ軍数万人よりもアスラン一人の方が手間がかかっていたことは否定しない。 「だったら、キラをフォローできる人間が足りないと言うことだろう!」 だから、と別の意味で言葉を続けようとした瞬間だ。 アスランの表情が豹変する。 「カガリ! 机の下に入れ!」 そのまま非常ボタンを押せ、と彼は指示を出してくる。そういうときの彼は、自分が好きだと錯覚していた頃の面影が色濃く出ているな、と思いつつも、カガリは言われたとおりの行動を取った。 キラのことでぼけていようと、どんなにキラバカだろうと、やるべき事は取りあえずしっかりとやる。 逆に言えば、だからこそ、彼はまだ犯罪者にならないのかもしれないな。 そう考えた次の瞬間だ。 カガリの耳に、爆発音が届く。 「アスラン!」 「大丈夫だ。それよりも、誰か来るまで、そこから出るな!」 自分は犯人を追いかける! と叫ぶと、アスランは窓から飛び降りる。その姿を、カガリは不安そうな瞳で見送った。 「……カガリ、が?」 その報告を受けた瞬間、キラの顔からは完全に血の気が失せてしまった。 「キラさん……」 ひょっとしたら、そのままこの場に崩れ落ちてしまうのかもしれない。そんな気がして、シンはそっと彼のそばに近づいた。いつ、何があっても対処ができるように、と思ったのだ。 「ケガはないんだね、二人とも……うん、わかった……」 そんなシンの行動も、今のキラは気づいていないのかもしれない。 オーブの軍人からの報告に、微かに安堵のため息をつくと頷いて見せた。 そんなキラの様子を見るのは初めてかもしれない……とシンは心の中で呟く。いつだって、彼は穏やかな微笑みを浮かべて自分たちを導いてくれる存在だと思っていた。そうできるだけの実力を持っているからこそ、誰もが安心していたことも事実。 しかし、と心の中で呟く。 実際は、自分たちがそう感じるようにキラが努力をしていただけなのかもしれない。 おそらく、バルトフェルドやフラガはその事実に気づいていたのだろう。しかし、他の者はそうではない。それは、キラが彼等の前でしか素顔を見せていないからではないか。 でも、今は違う。 自分の前で、キラはすのままの姿を見せてくれている。 それはきっと、自分にならそういうところを見せても大丈夫だ、とキラが判断したからではないか。 「……キラさん、大丈夫ですか?」 ふらっとキラの体が揺れる。 それに我に返ったシンは、慌てて彼の体を支えるとこう問いかけた。 「シン君……」 シンの姿を確認すると、彼はふわりと微笑む。 「ありがとう。大丈夫だよ」 ちょっと、気が抜けただけ……と付け加える。だが、キラは何故か、シンの腕からぬけ出そうとはしない。 「キラさん?」 どうかしたのか、とシンが問いかけてみる。 「ごめん。少し、こうしていていいかな」 安心できるから、とキラは口にした。それが、自分に甘えてくれているようで、シンは不謹慎かもしれないが少しだけ嬉しくなる。同時に、キラの存在が身近に感じられた。 自分が傷ついても、他の人を守りたがるのがキラだ、というのが彼をよく知っている者達の彼に対する批評だ。 だが、そんな彼を守る者はいるのだろうか。 そして、自分はその存在になれるのか。 シンはふっとそんな想いを抱き始めている自分に気が付いた。 |