目の前の書類を見ながら、ラクスは何かを悩むような表情を作っている。
「議長?」
 どうかなさいましたか? とイザークは問いかけた。
 確か、あの書類は今度行われる新組織査察のものだったはず。カガリとともにキラの元へ行くことを彼女が嫌がっているはずがない……とまで考えたときだ。ふとあることを思い出してしまった。
「……アスランも、くるのか?」
 ぼそり、とこう呟いてしまう。
「あの男のことだ。来ないわけがないな」
 たとえ誰に反対されようとも、キラに会える機会をあの男が逃すはずがない。周囲に迷惑をかけることも厭わないだろう。
「まったくあいつは……」
 いつまで脳みそに花を咲かせているつもりなのか。そう思わずにはいられない。
 いや、思うだけではなくその疑問をしっかりとぶつけていた。
 キラを傷つけるようなことをしたのに、どうして今は隣にいたいというのか、と。
 それに対して、アスランと来たら『イザークだって同じ事をやっただろう』と言い返してくれたのだ。
 まったく違う、とイザークは今でも考えている。
 確かに《キラ》を知らなかったあのころ――いや、自分が知っている世界が全てだと思っていたころというべきか――は、そうだったかもしれない。だが、キラという人間を知ってしまえば敵対する事なんて考えられない。
 まして、キラを傷つけるような言葉なんて言えるはずがないだろう。
「キラも、いい加減引導を渡せばいいんだ」
 そうすれば、あのコシヌケだって……と口の中で呟いていたときだ。
「それで、アスランに暴走されては仕方がありませんでしょう?」
 不意に彼の耳にラクスの声が届く。
「議長……」
 しまった、と内心焦りながらイザークは彼女に呼びかける。今の呟きは誰にも聞かせるつもりはなかったのに、とも。
「それに、キラ自身はアスランを嫌っておられませんから。それを、あのバカが勝手に脳内変換をして、自分に都合がいいように解釈しているだけですわ」
 昔から、キラはアスランを《親友》としか言っていない。最近は《友達》に格下げさているようだ。それすらも彼の耳には届いていないのだし……という言葉は、自分よりも辛辣なのではないか、とイザークは思う。
「キラにしてみれば、アスランにはもう幼い頃の思い出を一緒に語り合えるのが自分たちしかいない。だから、彼を見捨てるわけにはいかないと思っているようですけど」
 自分の考えを言うならば、さっさと見捨ててしまえばいいのだ、とラクスは言い切る。もっとも、それができないキラだからこそ、自分は好きなのだが、とも。
「本当にあいつは……」
 先ほどとは違った意味でイザークはこう呟く。
「まぁ、それだからこそ、あいつの回りには人が集まるのでしょうが」
 それにしても甘すぎるのではないか、とそう思う。
「キラはあれでいいのです。周囲が気を付ければいいのですし、そのために、バルトフェルド隊長に行って頂いたのですもの」
 オーブ側にしてもだからこそアークエンジェルのクルーを派遣したのだろう、と彼女は付け加える。
「そちらの方は、あの方々に任せればいい、と?」
「そのおつもりのようですわ、バルトフェルド隊長は」
 そう聞いているから、自分も安心していられるのだ……とラクスは微笑む。
「確かに、適切なフォローがあれば、あいつは十分に力を出せますね」
 となると、やはり問題はあれか……とイザークは心の中で呟く。
「カガリの方でもそれなりに対処しているようですが……こちらでもアスラン対策をよろしくお願いしますわね」
 さりげなく厄介ごとを押しつけられたような気がするのは錯覚だろうか。
「……ディアッカに指示を出しておきます」
 なら、自分も誰かに押しつければそれでいい。そう判断をしてこう口にした。

「だからといって、俺に丸投げするなよ」
 イザークから渡された書類を見た瞬間、ディアッカはこう言ってしまう。
「お前なら、キラに知られないように根回しができるだろうが」
 知り合いがあちらに大勢いるだろう、とイザークは言い返してくる。
「それなら、俺じゃなくたっていいだろうが」
 面倒くさい、とディアッカは心の中で呟いた。
「……いいのか? そういうことなら、彼女にしても話を聞いてくれるんじゃないのか?」
 しかし、イザークの方が一枚上だった――あるいは、誰かから入れ知恵をされたのかもしれないが――こんなセリフを口にしてくる。
「イザーク?」
 いったい何のことだ……とディアッカは言い返す。
「ミリアリア、だったか? 彼女なら、キラのことも教えてくれるだろうしな」
 あるいは、アスランの情報も掴んでいるかもしれない……とイザークは平然とした口調で告げる。その瞬間、誰が彼にそんな情報を与えたのか、わかってしまった。しかし、それに関して文句を言うことはできないことも事実。
「……まったく……議長になった瞬間、あれこれ開き直らないで欲しいんだがな、俺としては……」
 立っている者は親でも使え……というわけではないのだろうが、最近特に人使いが荒いように感じられる。もちろん、それだけ気を抜けない状況が目白押しだと言うことなのだろうが……とはわかっている。トップがまだうら若い女性だから、といって侮っている人間が多いことも否定できないのだ。
 元も、そんな連中はしっかりと思い知らされている結果になっている。
「あきらめろ」
 あれが関わっている以上、厳戒態勢を取りたいところだが、さすがにそれはまずいだろう。だから、根回しだけはしっかりとしておきたいのだそうだ。そう思っているのが誰であるか、聞かなくてもわかった。
「……根回し、失敗しても怒るなよ」
 仕方がない、とため息をつきながらディアッカはこう口にする。
「失敗したら、始末書を書かせるだけだ」
 それにイザークはこう言い返してきた。それが本気なのかそれとも冗談なのか、ちょっと判断が付きかねる。
「下っ端ですからね、俺は」
 命令には従いますよ……と言い返すのが精一杯だった。