「……どうして、あそこでもう一押ししないのかしら……」
 シンったら不甲斐ない、とメイリンが呟く。
「まぁ、あそこでいきなり押し倒すようなけだものだったら、キラを任せられないけどね」
 それに、ミリアリアが言い返す。
「まぁ、最後の一線を越えられないもはキラも同じなのよね」
 ある意味、あの二人はそっくりだわ……と彼女はため息をついた。キラに関してはその理由がわかっているからこそ、文句も言えないのよね……とも。
「でも……少しは進んだのかしら」
 あのシンが、抱きついて泣き言を言うくらいだから……とメイリンは呟く。だから、甘えてもいい相手としてキラを認識しているのは間違いないと思う。
「そうかもしれないですだけど……」
 なんて言うか……とメイリンは首をかしげる。
「恋人というのとは違うような気がするんですよね、あれって」
 かといって、なんであるのかといわれるとこまるのだが……と彼女は付け加えた。
「お母さんにすがりついている子供、かしらね」
「あぁ、そうです! って、ラミアス艦長?」
 声の主が誰か、と言うことをを認識した瞬間、メイリンは『まずい』という表情を作る。しかし、マリューの方は口元に微笑みを浮かべたまま『気にしなくていい』と視線で告げてきた。
「男性陣がいないから、見なかったことにしておくわ」
 女同士の秘密ね……と唇に人差し指を当てる彼女の仕草は、同性から見ても魅力的だと思う。こういう人が艦長だったからこそ、アークエンジェルの雰囲気がああなのか、とも納得をする。
「それにしても……初々しいを通り越しているような気もするわね……悪いけど、シン君って、奥手?」
 キラの方は、あのことがあったから仕方がないとしても……とマリューはさりげなくとんでもない質問を投げかけてくる。
「……というか……アカデミーではそんな余裕がなかったですし……そもそも、出会いが少ないですから」
 恋愛感情と保護意識の区別も付かなかったらしいから、とメイリンは言葉を返す。
「それを言えば、キラも同じですよ」
 少なくとも、フレイに対する感情は決して《恋愛感情》ではなかったはず。もっとも、あのころであれば誤解しても仕方がなかったのかもしれないが……とミリアリアも付け加えた。
「とことん似たもの同士ね……少しはムウを見習ってもいいかもしれないわ」
 もっとも、完全に真似されては困るが……とマリューは苦笑とともに口にする。
「そういった意味で真似をするなら、バルトフェルド隊長にして欲しいですね、私は」
 いまだに、アイシャさんを忘れていないと言うところは、女から見ても素敵ですから……とミリアリアが言う。
「もっとも、キラには真似されると困るんですけど」
 本気で、一生誰とも恋をしなくなりかねないから……ときっぱりと言い切る。
「キラ君だと、あり得るわね」
「ですよね」
 自分よりもキラのことをよく知っている二人がこう言うのであれば、そうなのだろう。となれば……とメイリンは考える。
「なら、シンですね。少しは見習えとでも言っておきましょうか」
 それなら問題はないだろう、と言えば二人とも頷いてくれた。
「でも、理由はばれないようにね」
「当たり前です」
 そんなことになれば、シンは反発するに決まっている。それがキラの不幸につながるのなら、絶対にしない、と思う。
「ということで、そろそろのぞき見はやめてね。二人とも、我に返ったようだし」
 いつ、やってくるかわからないわよ……と言われて、メイリンは慌ててモニターの画像を替える。
「それにしても、彼等のことはできるだけ内密に応援しないといけないわね」
 でないと、厄介な人が来るわよ……とマリューが呟く。
「大丈夫じゃないですか? カガリさんが止めてくれるんじゃないかと……」
 それに、ルナマリアが即座にこう言い返している。
「ほら。近いうちにここでカガリさんとラクスさんの対談が設定されているでしょう?」
 当然、付いてくるに決まっているわ……という言葉を誰も否定できない。
「その前に、あの二人に何とかしてもらうか……」
「……徹底的に、あの人を邪魔するしかないんですね」
 どちらにしても、難しいのではないか。だが、後者は確実に行わなければいけないだろう。そう思うメイリンだった。

 ルナマリアは、何と言えばいいのかわからない。その思いのまま、目の前の同僚を見つめていた。
 だが、自分が何かを言わなければいけないらしい。
 周囲の者達がそれを期待していると言うことは十分に伝わってきている。しかし、自分だってしたくないことはあるのだ、とルナマリアは心の中で呟く。
「ったく……仕方がないわね、もう」
 こう言うときに《彼》がいてくれたら、とは思わないわけではない。しかし、彼は既にこの世の人間ではないのだ。何よりも、一番大切だった人とその人の夢に殉じたのだから、きっとそれが本望だったのではないかと今ならそう思える。
 もちろん、生きていてくれればそれが一番よかったことが否定しない。きっと、キラのことだからそんな彼も微笑みとともに受け入れてくれただろうと考えられるし、と重いながら、ゆっくりと立ち上がった。そして、そのまま真っ直ぐにシンの元へと歩み寄っていく。
「シン!」
 声をかければ、すぐに彼は顔を上げる。
「何か用か、ルナ」
 そして、そのままこう問いかけてきた。
「何か用か、じゃないわよ。あんた、自分がどんな表情をしているのか、鏡で見てきなさい!」
 みんなが不気味がってるでしょう! と半ば怒鳴るように口にする。
「……不気味って……いつもと同じ顔だろうが」
 なんで不気味がられるんだ? とシンは訳がわからないと言うように聞き返してきた。ということは、本気で自覚していないのだろう、彼は。
「まったくあんたは……」
 さて、何と言えば納得するのだろう。それとも、もうさっさと見限った方がいいのだろうか。そんなことすらも考えてしまう。
 しかし、そうすればせっかくまとまりかけてきた者達をまた分裂させることになるかもしれない。
 それだけは絶対避けなければいけないのではないだろうか。
「はっきり言って、いつもの仏頂面の方がマシよ。中途半端ににやにやしないの!」
 それがものすごく不気味だわ、とルナマリアは指摘をする。
「……そんな表情してねぇよ」
「してるわよ!」
 信じられないなら鏡を見てこい、というルナマリアに、シンは本気で悩むような表情になった。しかし、すぐにまたにやついてしまう。
「まったく……キラさんか誰かに活を入れてもらった方がいいのかしら」
 もちろん、それが難しいと言うことはわかっている。しかし、本気でその方がいいかもしれない、と思ってしまった。
 しかし、シンのその表情の理由が《キラ》にあるとは、聡い彼女も想像もしていない事実だった。