しかし、状況の方が待ってくれなかった。
「……まさか、俺たちをねらってくるとはな」
 バカなのか、それとも……とフラガは苦笑を浮かべる。
「普通であれば、適切な判断だと言っていいのだろうが」
 相手が悪かったな……とバルトフェルドは久々にどう猛な笑いを漏らした。
「俺たちの準備がまだ終わっていない……と聞いたんだろうが……」
 残念なことに、こちらは完全ではなくてもそれなりに対処が取れるんだよな……とバルトフェルドが付け加える。
「というわけで、キラ?」
「わかっています。アークエンジェルには発進準備を」
 パイロットは、自分と……とキラが続けようとしたときだ。
「新型は使い物になるんだな?」
 不意にバルトフェルドが問いかけてくる。
「実機テストでは今のところ不具合がは出ていませんが?」
 それがどうかしたのか、とキラは彼の顔を見つめた。
「なら、シン・アスカとムラサメ第一小隊を連れて行け。こっちは残りの連中とルナマリア・ホークで十分だろう」
 いざとなれば自分も出るしな……と彼は言い切る。
「バルトフェルドさん!」
 何を、とキラは問いかけた。まだ、シンの新型を実戦に投入すのは早いのではないか。そうも思うのだ。
「お前が付いていれば、万が一の時にも何とかなるだろう?」
 だから大丈夫だ、と彼は言い切る。
「ですが……」
「いずれは実戦に出さないわけにはいかないんだぞ。それもわかっているな?」
 この言葉に、キラは渋々ながら頷いて見せた。
 不本意だが、そのために作られた機体だ。そして、シンもまたそれを望んでいる。そうである以上、いずれは実戦に出さなければいけないだろう。
 しかし、今とは考えていなかったのだ。もう少し調整をしてから、というのがキラの本音である。しかし、大人達はそうではないらしい。
「あいつなら大丈夫だと思うぞ」
 インパルスもいきなり実戦投入された機体だったというしな……と言ってきたのはフラガだ。
「お前が選んで、お前が実力を確かめた連中だろう? だったら、最後まで信じてやれ」
 さらにこう言葉を重ねられては、キラに反論の余地がない。
「……出航の準備をお願いします……」
 渋々ながらこう口にする。
「任せておきたまえ」
 バルトフェルドの言葉にキラは小さく頷いて見せた。

「……頑張ってきなさいね」
 私も行きたかったけど……とルナマリアが憮然とした表情のままこう声をかけてくる。
「仕方がないだろう。こっちの方が重要なんだし」
 それにといいながら、シンは彼女の耳元に口を寄せると声を潜めた。
「ムラサメ隊の連中は、宇宙での戦闘になれてないんだから」
 そのフォローをする方が大変だと思うぞ……と囁く。そうすれば、彼女は意味ありげな笑みを浮かべて見せた。
「わかっているわよ。こっちのことは気にしなくていいから」
 あんたはキラさんの足を引っ張らないようにしなさいね、とルナマリアは笑いとともに付け加える。
「……大丈夫だと思うけどな。取りあえず、一番相性がいいバックアップユニットを使って出撃することになるはずだから」
 無理はしない、とシンは言い返す。キラの迷惑になると思った瞬間、撤退をする覚悟はあるし……とも付け加えた。
「ならいいわ」
 猪突猛進さえしなければ……と平然と言い切るルナマリアを、シンは思わずにらみ付けてしまう。あのころならともかく、今はそんなことをしない、とも。
 第一、キラはもちろん、フラガも一緒なのだし、自分が無理をしなくても大丈夫ではないか。そうも思うのだ。彼等の実力は今までの訓練で十分に身にしみている。だからこそ、こう考えるようになったのかもしれないが。あるいは、自分よりも強い人間がすぐそばにいてくれるからかもしれない、とシンは思う。
「でも、キラさん、あんなに細いのに……」
 どうして、あれだけの動きができるのか……とルナマリアは呟く。
「細いけど、必要な筋肉がしっかりと付いているからじゃないのか」
 あれこれ考えていたからか、シンは無意識にこんなセリフを口にしてしまう。
「あんた……どうしてそれを知ってんのよ!」
 それにルナマリアはものすごい剣幕で詰め寄ってくる。その言葉に、シンの方が目を丸くしてしまう。ひょっとして、彼女にとって見ればこれから行われる戦闘よりもこちらの方が重要なのか、とそう思ってしまうのだ。
「なんでって……男同士だろう。控え室のシャワーブースぐらい、一緒に使うだろうが」
 その時に、いやでも目に入るに決まっているだろう! と言い返す。もちろん、それ以外でも見ていたことはあえて口にしない。いまだに、彼女たちには自分が彼の私室に自由に入れることは教えていないのだ。そんなことになれば、自分たちも一緒にといいかねないことを最近理解したからというのが、頑なに真実を口にしない理由でもある。
 もっとも、キラの裸を見るのは気にならない。というよりも、きれいだな、と思ってしまうのだ。ただ、これは恋愛感情とは違うような気がするんだけど、とシンは心の中で呟く。
「そうかもしれないけど……やっぱりずるいわ……」
 男だからって……とルナマリアは唇をとがらせた。
 そんなことを言われたって、とシンはため息をつく。自分が望んで《男》に生まれたわけではないのだ。
「何がずるいの?」
 そんな彼等の耳にキラのこんな声が届く。
「何でもありません!」
 慌てたようにルナマリアがこう叫んだ。
「そう?」
 それにキラは首をかしげてみせる。その表情は、とても年齢通りには思えない。だからこそ、ルナマリア達が騒ぐのだろうか。
「そうです!」
 ともかく、これ以上追及されてはたまらない、というように、ルナマリアが力一杯頷いてみせる。
「どちらでもいいがな。そろそろ出る準備をしないとまずいぞ」
 さらに、フラガまでが口を挟んできた瞬間、ルナマリアは小さな悲鳴とともに駆け出した。
「……俺、そんなに恐いか?」
 口調はともかく、その表情を見れば彼は全てを知っているのだろうとわかる。それでもこう言っているのは後でルナマリアをからかうつもりなのだろうか。
「どうでしょう」
 本気で悩んでいるキラは、やっぱり可愛いかもしれない。シンはそんなことを考えてしまった。