それからちょくちょくシンが厨房に立っている姿が見られるようになった。その理由は、全て一緒だと言っていい。 「……本当に往生際が悪いんだから」 その姿を見ながら、メイリンがこう呟く。 「まぁまぁ。シン君の場合、常識にとらわれているから……男性を恋愛対象にしていないだけじゃないの」 キラもそうだけど……とミリアリアがどこか楽しげに告げる。 「それに、往生際が悪いのは、キラも同じだもの」 まぁ、キラの場合は前の経験が経験だから、仕方がないのかもしれないけど……と彼女はため息をつく。 「ミリアリアさん?」 何があったのか、とメイリンは問いかけようとして言葉を飲み込む。自分がそれを聞いていいものかどう、わからなかったのだ。 「簡単に言えば、大切な人間を失ったのよ、キラも私も……三年前の戦争で」 自分は割り切ることができた……と言うには語弊があるかもしれないが、何とか次の恋でも探してみようかと考えられるようになったが、キラはそうではないのだ、とミリアリアはどこか悲しげな口調で告げる。 「私がアスランに偏見持っているとしたら、それが原因の一つ」 その言葉から、ひょっとしてミリアリアの恋人を殺したのは『アスラン』なのではないか、と思う。 「それ以上に許せないのは、キラとカガリに対する暴言かしら。その原因を作ったのはそもそも誰なのよ、というところ」 一番の発端で、あの男が自分たちがアークエンジェルに乗っていると周囲に告げてくれてさえいれば、全ては防げたかもしれない。もっとも、今更言っても仕方がないのだけど……と彼女は続ける。 「アスランは……」 「最初から全て知っていたの。それなのに、周囲の人間は誰も知らなかった、とディアッカが言っていたわ。知っていたら、それなりに動いたのに、と」 そうしてくれていれば、キラはもちろん、自分たちも大切な存在を失わずにすんだかもしれない。 それでも、憎むことはやめたのだ。憎しみは何も生み出さないし、何よりもキラが彼を『親友だ』といっていたから。それに、キラは『偏見までは捨てなくてもいいと思うよ。それは、彼の存在がまだミリィの中にいることだろうし、それだけ大切な存在だったということでしょう』と言ってくれたから、とも付け加える。 「付き合ってみれば、まぁ、悪い奴じゃないかな……って思えたのよね、あのころは」 でも、いくらデュランダルの甘言に乗せられたからと言って、二度も同じ事を繰り返したのは許せないの、と彼女は言い切る。 「だから、シン君の方が百倍もマシ、というのが私たちの意見なのよね」 変化も成長も受け入れられるし、自分の間違いをしっかりと見つめられるから、と彼女は笑う。 「……アスランは、できないんですか?」 「できていたら、普通あそこまで『キラ、キラ』言わないと思うわ」 恥ずかしくて、という彼女に、メイリンもそうかもしれないとは考える。 「でも、シン、ですか?」 もっといい人が他にいるのに……と言外に滲ませながらメイリンは問いかけた。 「キラがね。あそこまで他人を近づけたのは久しぶりなのよ」 それはきっと、キラが彼を必要としているからではないかと思うのだ、とミリアリアは苦笑とともに口にする。もっとも、本人が自覚しているのかどうかはわからないが、とも。 「でも、キラが望んでいるなら応援してやりたいのよね」 今まで我慢することばかりだったから、と彼女は付け加える。 「そうですね。キラさんの希望なら仕方がありませんね」 問題ありでも、とメイリンも頷く。 「まぁ、シンは叩けば何とかなりますからね、きっと」 周囲がしっかりと教育していけば何とかなるかもしれないですね、と口にする。 「それを期待しているのよね。特にムウさんとバルトフェルドさんが」 まぁ、キラの態度次第でしょうけど、とミリアリアは笑いを漏らす。 「後は、シンですか?」 「そうそう。さっさと開き直ってくれるといいんだけど、二人とも」 でないと、厄介なのが来るかもしれないのに……と呟く彼女に、メイリンは苦笑を返した。 その話は、しっかりとオーブとプラントの最高責任者の元へと伝わっていた。もちろん、発信元はミリアリアだ。 「あらあら」 小さな笑いとともにラクスは呟きを漏らす。 「私は、完全に振られてしまいましたのね」 それは予想していた事態ではあったが、とラクスは付け加える。 自分たちはあまりにも似すぎていた。だからこそ、自分たちは《恋人》という関係になれなかったのだ。 しかし、周囲の目は違っていたはず。そして、自分自身の気持ちも、だ。 だが、自分たちが一番優先しなければならないのは、キラの気持ちであろう。 誰かを『愛する』事は忘れないでも『恋する』事をやめてしまった彼が、そういった意味で誰かを欲したのなら、自分たちはそれを応援するだけなのだ。 「今回の場合、期待をすべきなのはキラではなくシンの方かもしれませんわね」 キラは大切な存在を作ることを怖がっている。 その理由がわかっているだけに自分たちは何も言えない。いや、言ってはいけないのだ。それがわかっていない人間も約一名いるからこそ、キラは頑なにそう思いこんでいるのだろう。 「本当に、困った人ですわね」 彼のあんな言動がなければ、キラはもっと早く全てを吹っ切れたのかもしれない。 だが、実際には違った。 彼の言葉一つ一つがキラの中で重い枷となっていたのではないだろうか。そんな言葉を、彼は《謝罪》と思っていたようではある。 だからこそ、彼は自分自身のことしか見えないのだ、とみんなに言われるのだ、とラクスはため息をつく。 「やはり、この場合はシンに期待をさせて頂きましょう」 キラにかけられた枷は自力では解くことが難しい。 だから、それを気にすることなく正面からぶつかってくれる存在がいてくれればいいと思う。そうすれば、彼はアスランのかけた呪縛から解き放たれてくれるのではないか、と思うのだ。 「最初は、そんなつもりではありませんでしたのにね」 それでも、キラが幸せになってくれるならそれでいい。 ラクスはそう考えていた。 「さて、アスランをもう少し遠ざけておきませんとね」 ふっと表情を変えるとラクスはこう口にする。 「カガリに相談しませんと」 結局はそうやってアスランをどうするかを話し合っているのが、一番の憂さ晴らしになっているのだが。それはいいのだろうか。 でも、楽しいのだからいいことにしよう。 ラクスはそう結論づけることにした。 |