厨房から出てきた瞬間、シンは信じられないものを見たという視線にさらされた。
「あんた……何してきたの……」
 ようやく言葉を口にするだけの余裕を取り戻したのだろう。ルナマリアがこう問いかけてくる。
「キラさんの夜食の用意をしていたんだよ」
 開発も佳境に入ったせいで、食堂に来る時間もないから、とシンは付け加えた。だから、キラの分と自分の分を作らせてもらったのだ、とも。
「あんた、料理なんてできたの?」
 あきれているのか、驚いているのかわからない口調でルナマリアがこう問いかけてくる。
「一人だったからな。取りあえず困らない程度にはできるぞ」
 作ってくれるような人間もいなかったし……とシンは言い返す。もっとも、そのおかげでこうしてキラと一緒に夜食が食えるわけだが、と心の中で付け加えた。
「そっか……あんたって、妙なところが細かかったもんね」
 シンの一言で何か余計なことを思い出したのじゃ。ルナマリアはこんなセリフを口にしてくれる。これ以上、忘れていて欲しいことを思い出されるのはまずい。その前に、さっさとこの場から逃げ出すか、とシンは決意をする。
「ルナ」
 もういいだろう、とシンは言外に告げると歩き出そうとした。
 しかし、相手はそう簡単に自分を解放してくれる気はなさそうだ。
「でも、何であんたが作ってんのよ。厨房に他の人もいるじゃない」
 さらにこう問いかけてくる。
「仕方ないだろう。キラさんが食べたいって言ってたもんの作り方を知らなかったんだから」
 だったら、自分が作るのが手っ取り早いと思っただけだ、とシンは言い返した。キラを待たせるわけにはいかないんだし、とも。
「せっかく、キラさんが自分から『お腹空いた』っていってくれたんだから、気が変わる前に食べさせたいんだよ、俺は」
 でないと、キラはすぐに食べるのを忘れるから、とシンは付け加える。
「……それは、まずいわね」
 キラの小食ぶりはルナもよく知っているのだろう。ため息とともにこういう。
「だろ。だから、もう行くぞ」
 少しでも早く、キラに食べさせたい……とシンは付け加えると歩き出す。しかし、ルナマリアはしっかりとシンの隣で足を進め始める。
「それはいいけど、何であんたの分まで」
「一人で食べるより、二人の方が量を食べてくれるんだよ」
 でも、大勢すぎるとキラは逆に食べてくれなくなるのだ。だから、たいていは自分かマードックあたりが相伴をさせてもらうことが多い。時間があればフラガ達も、だ。
「……やっぱ、あんたずるいわね」
 私だって、キラさんと夜食を食べたいわよ……と彼女は呟く。
「ルナ?」
「今だって、これから待機じゃなきゃ、押しかけたのに!」
 悔しいと、彼女はわざとらしい口調で付け加えた。
「あきらめろ。キラさん、ミリアリアさんとメイリンとはよくお茶しているからさ。情報仕入れて、混ぜてもらえ」
 ここでこれ以上彼女にごねられても困る。そう判断をして、シンはこう告げた。
 しかし、そのせいでまた奇妙なものを見るような目つきを向けられたのはどうしてなのか。
「……なんだよ……」
 はっきり言って、きまりが悪い。というよりもものすごく気に障る。そう思いながら、シンはこう問いかけた。
「あんた、ものすごく変わったわ」
 ぼそり、とルナマリアが言葉を漏らす。
「あの戦争が終わる前のあんたは……他人の気持ちなんて気にかける余裕なんてなかったもんね」
 それはそれで仕方がないことだったのかもしれないが、とルナマリアは続ける。誰もシンにそれを望んでいなかったのだし、とも。
「ルナ」
「まぁ、凄くいいことじゃない。あんたにとって」
 やっぱり、キラさんは特別なのね……とルナマリアは呟く。
「だから、何が言いたいんだよ!」
 そんな風に遠回しに言われるとむかつくんだよな、とシンはさらに付け加えた。
「何言ってんの。あんたの問題でしょう。あんたが答えを見つけなきゃ、意味がないじゃない」
 しかし、ルナマリアはこう反撃をしてくる。
「だから、何なんだよ!」
 マリューといいルナマリアといい、この前から自分にあれこれ言ってくるが、その意図がわからない。わからないからこそ教えて欲しいのに、その答えを誰もくれないのだ。
「まぁ、まだ時間があるんだし……キラさんを他の誰かに取られる前に気づくようにしなさいね」
 でないと、後から後悔することになるわよ……と彼女は付け加える。
「だから、何が言いたいんだよ!」
 問いつめようか、と思ったが、既にデッキのそばだ。それを認識して、彼女はさっさと控え室に移動していく。
「ったく」
 追いかけていけば、せっかく作った夜食が冷めてしまう。だから、諦めるしかないのだろう、とシンは思う。
 でも、何か釈然としない。
「まじで、気にいらねぇ」
 小さく呟くとシンは深呼吸を繰り返す。こんな気持ちのまま、キラの所に戻るわけにはいかない、と思ったのだ。そんなことをすれば、彼に余計な負担をかけてしまうだろう、と。
「キラさんに迷惑をかけないようにしておかないと、な」
 それに、早く何か食べてもらわないと。
 こう思考を切り替えると、シンは足を速めた。