「……だから、何で俺が……」
 カガリに向かって、アスランはこう問いかけた。
「お前が一番適任だ、と思ったからだ」
 それに対し、カガリは冷静な口調で言い返してくる。その言動からは、あのころの頼りなさは完全に払拭されていた。それは、彼女の成長の証だろうか。
「今回は少し相手を威圧したいからな。それにはジャスティスが適任だろう?」
 ついでにお前の仏頂面もな……と付け加えられたのは、からかわれているからだろうか。
「何よりも、命令だからな、アスラン」
 オーブ軍の一員である以上逆らうなんて事はしないよな? と彼女はさらに言葉を重ねてくる。
「……命令、ならな」
 それも、キラのそれだったら無条件で従うのだが……とアスランは心の中で付け加える。
「命令だ。今回のことはラクスからも要請が来ている」
 藪をつつけとな、といいながら、彼女は顔の前で手を組んだ。
「できれば、キラ達が出てくるような事態にはしたくない。その隙に、もっと厄介な連中が動き出しては意味がないだろう」
 オーブ国内のことでもあるのだし、と言われて、渋々ながらアスランは首を縦に振った。
 キラに会いたいのは山々だが、彼が倒れることになっては困る。ここしばらくは報告を入れれば顔を見せてくれるのだが、無理をしているのか、頬の丸みが徐々に失せているような気がしてならないのだ。
 だから、自分をキラの側に行かせてくれればいいのに。
 そうすれば、キラの負担の肩代わりぐらい、してやる。
 アスランは心の中でそう呟く。
「私の護衛は、取りあえずキサカにでもさせるさ」
 そんなアスランの耳に、カガリのこの言葉が届いた。それが何を意味しているのか、心ならずも彼女のそばにいるアスランにはわかってしまう。
「やはり、他の誰かに行かせた方がいいのではないか?」
 見た目だけなら、自分よりも威圧感を醸し出しているものがムラサメ隊の中にもいるだろう、とアスランは言い返す。自分がカガリのそばを離れるよりはその方がいいのではないか、とも。
 キラの側に行きたい……と言うのは間違いなく本音だ。
 だからといって、カガリを失うきっかけを自分が作るわけにはいかない。
 そんなことをすれば、彼女を大切に思っている《キラ》がどのような反応を自分に向けてくるか、十分すぎるほどわかっているのだ。
 カガリに何かあれば、キラは自分を傷つけることもためらわない。
 本気になったキラには、悔しいが自分ではかなわないのだ。
 それでも、フォローだけならいくらでもできる。
 アスランは本気でそう思っていた。
「いや、お前だからこそ意味があるんだ。見かけで侮った相手に、こてんぱに言い負かされてみろ。二度と私やラクス、それにキラをバカにするようなセリフを出せなくなるに決まっているからな」
 だから、ごたごた言わずに行ってこい! とカガリが怒鳴りつけてくる。それに、アスランは渋々ながら同意をした。

 最近の通信は、報告や話し合いよりも愚痴の方が多いのではないか。そう思いながらも、カガリはさらに言葉を唇に乗せる。
「本当にあいつは……キラのこと以外考えてないぞ」
 他の人間であれば、それは悪いことではない。特に、キラが《自分の相手》として望んだ人間であれば、その方が嬉しい、とは思う。もっとも、その地位につくまでにはそれ相応のテストをさせてもらわないといけないが……とカガリは心の中で付け加えた。
 それを怠ったがために、あんなバカをキラの身近に置く羽目になってしまったのだ。
 せめて、あの戦争が終わったときに、あれを遠ざけておけばまだましだったのかもしれない。
 しかし、あのころの自分はもちろん、キラだって藁にもすがりつきたい心境だったのだ。しかし、藁と思っていた相手がただの木くずだとは予想もしていなかったが、とさらにはき出す。
『本当にあの人は……引き離しておけば少しは頭が冷えて現実を認識してくれるかと思いましたのに』
 さらに悪化しているようでは始末に負えない……とラクスも頷く。
「だからといって、あいつの希望通りキラの側に行かせるわけにはいかないからな」
 それで喜ぶのはアスランだけだ。
『いいお友達のポジションで我慢していればよろしいのですけど』
 アスランの場合、それは絶対に不可能だ……とラクスは付け加える。もっとも、それに関してはカガリも同意見だから何も言わない。
「だけど……何であいつなんだ?」
 ぼそりと呟かれた言葉に、ラクスがさざめくような笑いを漏らす。
『アスランより、ずっとマシですわよ、彼の方が』
 少なくとも、自分の間違いを受け入れて、真っ直ぐに罪と向かい合うだけの強さを持っている。思いこみの強さはともかく、彼の『誰かを守りたい』というその気持ちは生来のものだろう。うまく導いてやれば、得難い存在になるだろうとはわかっていた。
 だからこそ、カガリはフラガ達を、ラクスはバルトフェルドを今の立場に据えたのだ。もちろん、キラの負担を少しでも減らしたかったと言うことは否定しない。
『それに、キラが言っていましたの』
 ラクスがふと思い出した、というように言葉を口にし始める。
「何を、だ?」
 今の話の流れからすれば、今キラの側にいる《あれ》の事だろう。カガリはそう判断をした。
『キラは、シンと自分がよく似ているような気がする……とおっしゃっていましたわ』
「どこが!」
 全然違うだろう、とカガリは即座に口にする。
『見た目、の話ではないのでしょう。おそらくもっと根本的な事ですわ』
 アスランは、自分こそが一番キラを理解している、といっていた。だが、それはあくまでも十三歳の頃までの話だろう。特に、一番最初の戦争でキラはいやでも変わらざるを得なかった。それを理解できていないアスランに、今のキラの何がわかるのか、と言うラクスの言葉はカガリでも頷ける。
『キラは、もし、あの時にアークエンジェルの皆様や私たちに会わなければ……そして、ご両親を失っていれば、シンと同じ道をたどったかもしれない、とそういっていましたわ』
 それをしなかったのは、すぐそばに自分を支えてくれる存在がいたからだ、とも。もちろん、そんな彼等がキラを戦争に駆り立てたことは否定できない。
 それでも、だ。
 フラガもマリューも、そしてミリアリアも、キラを《キラ》として受け入れてくれた。決して《コーディネイター》だからという理由で彼を否定しなかったのだ。
 それが、シンとは違う。
「そうか……」
 だからこそ、キラはシンを選んだのかもしれない。そういわれてしまえば、納得するしかないだろう。
「ということは、二人の関係にきちんとけりが付くまで、アスランに気取らせないようにしないとな」
 でなければ、どんな手段を使ってでも邪魔をするだろう、と自分のことを棚に上げてカガリは口にする。
『そうですわね。キラのためにも邪魔をしなければいけませんわ』
 アスランがもっと大人になってくれればともかく、今のままでは……とラクスも頷く。そのためには、彼をこき使わなければ……とお互いに確認しあったのだった。