最近、何かキラの様子がおかしい。
 それとも、自分の気のせいだろうか。シンはそんなことを考えながら、キラの背中を見つめていた。
「どうかしたの?」
 そんな彼の耳に柔らかな声が届く。視線を向ければ、マリューの姿が確認できた。
「ラミアス艦長……」
 女性の艦長という点ではタリアと同じだ。しかし、その身にまとっている空気は彼女のそれよりも柔らかい。だからといって頼りないというわけではないのだ。
「まぁ、おかしいのはキラ君も一緒のようだけど」
 くすくすと笑いを漏らしながら彼女はシンのそばに近づいてくる。
「いいんですか? キラさんのそばに行かなくて」
 自分よりも彼を優先すべきなのではないだろうか。そう思いながらシンは口を開く。
「キラ君に直球勝負を仕掛けられるのはムウだけなのよ」
 そうすれば、思いもよらなかったセリフが返ってくる。
「……あの人だけなんですか?」
 他の人たちも普通にできると思っていたのに……とシンは思う。
「シン君なら、同じ事ができるかもしれないわね」
 だが、それ以上に驚いたのはこのセリフだ。
「俺、ですか?」
 何で自分が、アークエンジェルのメンバーにできないことをできるというのだろうか。そう思いながらシンはマリューを見つめる。
「そう。貴方は、キラ君と同じくらい強いでしょう?」
 そして、同じ痛みを知っているはずだから……と彼女は微かに寂しげな色を微笑みに加えながら口にした。
「……俺は……」
 キラほど強くない。でも、彼のフォローはできるだろう。シンはそう考えている。それで十分だろうと思うのだ。
「強いわよ。君は」
 少なくとも、キラが『守らなければならない』と思っている人の中にシンはいないだろう。逆に『ともに戦う仲間』と認識しているらしいから、とマリューは付け加える。
「残念だけど、私たちの中で同じ認識をしてもらっているのはムウだけなのよね」
 ザフト側ではまた違うのだろうが……と彼女はさらに言葉を重ねた。その言葉の裏にどれだけの思いが隠されているのか、シンにはわからない。
「それに関しては仕方がないと思っているの。最初が最初だったから」
 自分たちを守るためにキラは望まない戦いを続けてきた。
 それでも、キラが自分たちを受け入れてくれたからこそ、自分たちはここにいるのだ、とマリューはさらに悲しげな色を深める。
「本当は、アスラン君に期待していたのよね」
 でも、彼はあれだから……と濁された言葉の意味をシンはしっかりと受け止めた。
「あの人は、どうしてああなんでしょうね」
 もし、アスランがそうでなければ、キラの負担が減ったのだろうか。そんなことも考えてしまう。
「それも、私たちのせいかもしれないわね」
 自分たちが彼等を戦わせてしまったのだから、とマリューは呟く。
「だからこそ、同じ経験をしたあなた方に共に歩んで欲しいのかもしれないわね」
 余計なことかもしれないけど……と言われて、シンは反射的に首を横に振った。
「そんなことはありません」
 自分でも、何故こんなセリフを口にしたのかはわからない。それでも、言わなければいけないのだ、と思ったことは事実だ。
「ありがとう」
 そうすれば、マリューはまたあのやさしい微笑みを口元に刻む。
「やっぱり、シン君はキラ君と同じ考え方をしてくれるのね」
 この言葉にどのような反応を返せばいいのか。シンはとっさに答えを見つけられない。
「だから、キラ君をお願いね」
 その間に、マリューはシンの肩を叩くとキラの方へと向かっていた。こうなれば、シンとしてはそれ以上追及もできない。
「……俺とキラさんが?」
 その代わりにシンは口の中だけでこう呟く。
「いったい、どこが……」
 とてもそうは思えない。
 確かに、日常生活という点においてはキラは手がかかる存在だろう。しかし、それ以外の面では自分よりずっと高いところにいるように思える。
 それとも、とシンは心の中で呟いた。
 三年前の彼は違ったのだろうか。
 今のようになるまで、彼は苦しんだのか。
 だとするなら……と考えてシンはやめる。自分がキラのようになれるはずがない。それよりも、自分なりに成長していく方法を探した方がいいのではないか。そう思うのだ。
「その方が……キラさんのためになるのかな」
 キラが自分を『戦友』と思ってくれるなら、それに応えられるようにならなければいけない。そうも考える。そのためには、パイロットとしての技量はもちろん、人間としても絶対に成長をする必要があるはずだ。だから、とシンは心の中で呟く。
「……まずは、ラミアス艦長の言葉の意図を理解しないと……」
 他の誰でもなく、自分にあんなセリフを言ってきたのにはそれなりの理由があるはずだ。そして、それにはきっとフラガの意図も関わっているはず。あるいは、バルトフェルドのそれもあるのではないだろうか。
 だからこそ……とシンは思う。
 彼等の行為が《キラ》のためであるということは疑う余地がない。だが、どうして《自分》なのか、と問いかければ、今の自分ではわからないのだ。
「キラさんを尊敬しているし、手助けをしたいというのは今の俺の本音だよな」
 だが、それだけではないだろう……と心の奥で囁く声があることも否定できない。懐かしいその声がそういうのであれば、そうなのだろう、とも考える。
「でも、難しいよ、な」
 自分の心を知るのは……とシンは呟いていた。