小さなため息とともにキラはいすの背もたれに体重を預ける。
「ここまで物事が進んでいたとは……予想もしていませんでしたね」
 その言葉に、バルトフェルドとフラガは苦笑を向けてきた。
「連中にしてみれば、自分たちの存在意義に関わる事態だろうからな。それこそ、死にものぐるいだろうよ」
 今であれば、まだ不満分子を押さえ込むことも可能だろうが、とバルトフェルドは口にする。
「そうですね」
 自分たちが少数派になるとわかれば、彼等にしても無理はできない。特に、企業を経営している者達は、だ。しかし、まだそこまで行き着いていない。だからこそ、彼等も今動き出したのだろう。
「だからこそ、カガリとラクスの存在が重要なのに……」
 そして、それを守る立場の人間がしっかりとしていてくれないとこまるのに……とキラはため息をつく。それが誰のことをさしているのか二人にもわかったのだろう。
「まぁ、キサカがいるからな」
「不抜けていても、いざというときにはそれなりに動くだろう、あれも」
 でないと、キラに嫌われるとわかっているはずだしな……と言う言葉を、彼のことを知らない人間が聞けば、目を丸くするかもしれない。しかし、キラには十分説得力があるものとして届く。
「本当にアスランは……」
 いい加減、自分離れをして欲しいものだ、とキラは思う。そうして、いろいろな人に目を向けて、それでも自分の隣にいたいと彼が言うのであれば、考慮をするかもしれないとも心の中で付け加える。
 しかし、今ままではダメなのだ。
 そのせいで、アスランは一歩も進めない。だからこそ、彼は足下が不安定なままなのだろう。そして、それを無理に支えようと自分に手を伸ばしてくる。自分が既に彼だけを支えるわけにはいかない立場だと理解しないままに、だ。
 それでは、全てが共倒れになってしまうのではないか、とキラは思う。
 ラクスやカガリ、フラガ達はもちろんシンも、自分が今何をしなければいけないのかを理解している。
 だからこそ、みんなが未来を見つめていられるのだ。
「まぁ、ここに連れてこないだけでもよかったがな」
 あいつのために、とバルトフェルドが苦笑を浮かべながら告げる。
「もっとも、本人はそう思っていないようだがな」
 それが問題なんだよ……とフラガがため息をつく。
「本当。今あいつに暴走されたら大事だぞ」
 カガリのそばが手薄になる……と彼は付け加えた。プラント側はまだそれなりに人員がいるし、何よりも入国が難しい。しかしオーブはそうではないのだから、とも。
「キサカも、アマギ達もいるから心配はいらないと思うんだが、な」
 もっとも、アスランが使い物になってくれるのが一番いいのだが……とバルトフェルドも苦笑を深める。
「いっぺん、誰かに活を入れてもらわないといけないかもな、あいつは」
 それができる相手といえば一人しかいないだろう……とキラは心の中で呟く。いつだって、アスランが動く理由は自分だったが、そのきっかけを作ったのは彼女なのだから。
「ともかく、お前は目の前のことを優先しろ。他の連中だってそれを希望しているはずだしな」
 それに、こちらが完全に稼働すれば、ザフトやオーブ軍の負担が軽くなるはず。そうなれば、カガリ達の身辺警護の要因も充実できるだろう。フラガはこう言ってくる。
「そうですね」
 そのために自分たちはここにいるのだ。
 アスランがそれを理解してくれればいいんだけど……と思いながらキラは頷く。
「いっそのこと、お前がさっさと誰かとくっつくのもいいかもな」
 そうすれば、アスランもショックで頭が冷えるんじゃないのか……とフラガが笑いながら口にする。
「それ、逆効果ですよ、きっと」
 アスランのことだから、相手が悪いと言いかねない。最悪、その相手をキラの側から排除するために全力を傾けるのではないか。そう思うのだ。
「そちらの可能性の方が強そうだな」
 さすがに、ともに暮らした時間がそれなりにあるバルトフェルドの方がアスランの性格について把握しているらしい。ため息とともにはき出された言葉に、キラの口元にも苦笑が浮かぶ。
「もっとも、俺個人とすれば、お前のためにはいいと思うぞ」
 個人的に大切な相手を見つけると言うことは……とバルトフェルドは言葉を投げかけてくる。
「バルトフェルドさん」
 まさか、そんなことを言われるとは思わなかった。
「あぁ、確かにな」
 しかし、フラガもあっさりとそれに頷いている。
「ムウさん?」
 彼にまで言われるとは思わなかった。そう思いながら視線をフラガに向ける。
「あの時からお前さんは、特定の誰かを大切にしようと考えていないようでな。もっとも、俺が見ている範囲で、という話になるが」
 だからこそ、あいつがまだ馬鹿な考えを捨てきれないのかもしれないぞ……とフラガは笑顔を見せた。
「そうだな。ラクスとの付き合いも、微妙に恋愛感情とは違ったようだからな」
 大切だということは伝わってきたが、生々しい感情はお互いに抱いていないようだったからな、とバルトフェルドも頷く。
「それが悪いとは言わないが……お前達の場合、何かあればお互いを優先するような関係じゃないだろうからな」
 だから、と大人二人はキラに視線を向けてくる。
「お前が誰よりも守りたいと思う相手を一人ぐらい作っておけ。そうすれば、最後の最後で踏ん張れるからな」
 そういうものなのだろうか。
 わからない、とキラは首をかしげる。
「まぁ、難しく考えるな。取りあえず、今気になっている相手がいるかどうかだな」
「今、ですか?」
 そういわれて真っ先に思い浮かんだのは自分を真っ直ぐに見つめてくる双眸だ。しかし、それは恋とは違うのではないか、と思う。
 では、何なのだろうか。
 そう考え始めたときだ。
『シンです。入ってもかまいませんか?』
 端末からその人物の声が聞こえてくる。その事実に、キラは自分の心臓が口から飛び出しそうな感覚に襲われた。