アークエンジェルの士官室の一つでキラが今日のデーターをまとめていたときだ。外から入室を求める声が聞こえてくる。
「キラさん」
 それに、シンが確認を求めるように問いかけてきた。
「うん、お願い」
 こう言えば、シンは即座に端末を操作してロックを外す。
「お、ちゃんとまじめに仕事していたようだな」
 さすがに、と口にしながら入ってきたのはフラガだ。
「少しでも早く仕上げてしまいたいですから」
 いい加減、のんびりとしていられなくなったようだし……とキラは微かに眉を寄せる。できればもう少し猶予が欲しかったのだが、そうもいっていられないだろう、と。
「あぁ、そのことで確認に来た?」
 カガリからのメールに何が書いてあったんだ? と彼は声を潜める。そのままシンへと視線を向けたのは、彼の聞かせていいものかどうか悩んだからかもしれない。
「簡単なことですよ。自分たちがロゴスに成り代わろうとしている人とブルーコスモスの残党が接触をしているらしいだけです」
 もっとも、まだまだ折り合いは付いていないらしいが……とキラはさりげなく付け加える。
「それは、諜報部からの報告か?」
 それとも、ハッキングでもしたのか……と言う言葉に、キラは静かに首を横に降って見せた。
「マルキオ様のご紹介で、ジャンク屋ギルドの方と面識を得ましたので。そちらからの報告です」
 そちらのつてで傭兵の方にも知己を得たので、と付け加える。
「……お前も、どこにどんな知り合いがいるのかわからないな」
 これは予想外だったのだろう。フラガは目を丸くしながらこういった。
 だが、それ以上に驚いているという表情を作っているのはシンの方だと言ってもいい。何かを言おうとして唇を振るわせるものの、うまく言葉が出てこない、といった様子が確認できる。
「シン君?」
「何なんですか、それは……」
 キラの呼びかけでようやく我に返ったのか。  それとも、探していた言葉を見つけ出したのか。
 シンは叫ぶようにして言葉を綴り出す。
「あんなに誰かを苦しめて……ようやく、それから解放されたって喜んでいる人がいるのに、何でまた同じ事をしようとしているんだよ!」
 そんなの、認められるか……と彼はそのまま壁を殴りつける。その拳が衝撃で割けてしまったらしい。微かに血を滲ませている。しかし、興奮のせいで痛みを認識できないのか、シンはまた壁を殴りつけようとした。
「ダメだよ、シン君」
 とっさに立ち上がると、キラは彼のそばに駆け寄る。そして、その手をそっと自分の手で押さえ込んだ。
「キラさん」
「落ち着いて。まだ、それほどの力を彼等が得ているわけじゃないんだよ」
 ね、といいながら、シンの瞳をキラはまっすぐにのぞき込む。そうすれば、真紅の双眸が微かに揺れたのがわかった。
「そうだ。そして、それを阻止するために、みんなが動いている」
 違うのか、とフラガもまた口を挟んできた。
「……違いません……」
 落ち着いてきたのか。シンは素直に同意の言葉を口にする。
「そうだろう? だから落ち着け。お前がケガをしたら、それだけこちらの体制が整うのが遅れるぞ」
 そうなった場合、すぐには動けなくなるだろう……と言われて、シンは唇を噛んだ。自分でも、自分がしたことが愚かなことだ、とわかっているのだろう。反省ができるなら大丈夫ではないか、とキラは心の中で呟く。同じ事を繰り返さなければ、それでいいのだし、とも。
「ともかく、拳を痛めないでよかったよ。後でちゃんと消毒をしようね」
 でも、明日は腫れるかもしれないな……とキラは微かに眉を寄せる。
「まぁ、その時はあいつらに付き合ってやるんだな」
 他の連中にしても、その方が喜ぶだろうし……そいつも他の連中の動きから何かを掴むかもしれないしな、とフラガは付け加えた。
「ともかく、こっちの方は……どうする?」
 お前が自分で動くというのは当分禁止だぞ……とフラガはしっかりと釘を刺してくる。それにキラは苦笑を返す。
「バルトフェルドさんは?」
「虎さんは既に動いているそうだ」
 その言葉に、キラは小さく頷く。彼の情報収集能力を疑えるはずがないのだ。だから、任せておいても大丈夫だろう。
 しかし、それだけでは不十分だ、ということもわかっている。
 いずれは、自分がハッキングなりなんなりしてもっと詳しい状況を掴まなければいけないだろう。しかし、それよりも優先しなければならない事態が目の前にあることもわかっている。
「では、メイリンちゃんとノイマンさんに、ネット関係で調べてもらいましょう」
 彼等二人であれば信頼できるし……とキラは付け加えた。
「そうだな。あいつらなら実力的にも大丈夫か」
 バルトフェルドもこき使いやすいだろう、とフラガは笑う。その言葉に、キラは苦笑を返すしかできない。
「どちらにしても、戻ってからになりますね」
 アークエンジェルの中でもできないわけではない。だが、それでは知らなくていい人間にも気づかれてしまう可能性があるだろう。
「そうだな。それまでは、虎さん達に頑張ってもらうしかないか」
「ですね。まぁ、カガリやラクスも頑張ってくれていますから。それよりも、こちらの装備を確実なものにしておいた方が、万が一の時にはいいでしょうしね」
 いざというときに全力を出せるように……とキラは付け加える。
「なら、そういうことで……ノイマンとマリューにだけは一応告げておくぞ」
 心構えは必要だろう、と言うフラガにキラは静かに頷いて見せた。
「じゃ、そいつの手当でもしてやれ。その方が喜びそうだしな」
 そいつも、とフラガは意味ありげに笑ってみせる。その瞬間、何故かシンが頬を赤らめた。
「ムウさん」
 あまり、彼をからかわないでください……とキラはため息混じりに言い返す。それでも、シンの傷を放っておくわけにはいかないことも事実。
「ともかく、行こうか」
 シン君、とキラは彼に呼びかける。
「はい」
 それにシンは素直に同意をしてくれた。