プライベートなアドレスに届いたはずのメールの内容は、ものすごく不穏なものだった。
「やはり、どうしても馬鹿なことを考えを捨てられない方は大勢いらっしゃいますのね」
 困ったことですこと……とラクスはため息をつく。
 それでも、急激な社会の変化を望んでいないものが多いことはわかっている。特に大西洋連合に所属している者達にはそうだろう。彼等は、それが当然だったのだ。
 しかし、一般民衆はまだいい。
 現実を知れば、彼等の場合考えを改める可能性が大きいのだ。そして、共に手を取って歩んでくれるだろう。
 問題なのは、とラクスは心の中で呟く。今までの既得権益を捨てきれない者達だろう。彼等の後ろ盾であった《ロゴス》はすでにないのに、だ。
「いえ……それだからこそ、自分たちが第二の《ロゴス》になろうとしているのかもしれませんわね」
 自分たちがあの高みに登り、人々を自在に操りたい。
 そんな誘惑にあらがえる人間がどれだけいるか。
「だからといって、認めるわけにはいきませんわ」
 ようやく手にした平和と、これから、一緒に歩いていく未来を失うわけにはいかないのだ。
「イザーク達にまた負担をかけてしまうことになりますわね」
 だが、事が事だけに、百パーセント信頼できる人間以外には伝えるわけにはいかない。そうなれば、動かせる者達は限られてくる。
「もっとも、それはキラやバルトフェルド隊長達にも同じ事が言えるのでしょうけど」
 いや、むしろ彼等の方が大変なのではないか。
 あちらの方がメンバーは限られているのだ。そうなれば、一人一人の負担が大きくなることは目に見えている。
 それでも、彼等には彼等で頑張ってもらわなければいけないのだ。
「……キラだけに負担が行かないように、お二方が気を付けてくださるはずですものね」
 そのために、自分もカガリも、細心の注意を払って人選を行ったのだ。キラがワガママを言って手元に呼び寄せたのは、ある意味《シン》だけだったと言っていい。しかし、それはそれなりの理由があったのだ。そう考えれば、ワガママとばかり言えないような気がする。
「結局……私たちはみな、キラに負担を押しつけているのですね」
 だからこそ、彼等が自由に動けるようにバックアップ体制だけは整えておかなければいけない。
「そういうことですから……貴方はしばらく、キラのことも考えられないように忙しくして頂きますわ、アスラン」
 でなければ、いつ、キラが容量オーバーで倒れてしまうのかわからないのだ。そんなことだけはさせるわけにはいかない、とラクスは思う。
「本当に困った方」
 ここまでバカだとは思わなかった……と呟きながら、ラクスは別のウィンドウをモニターに移す。それは、ミリアリアからのメールだった。
「昔はもう少しマシだったような気がするのですが……」
 少なくとも、マルキオの元で一緒に暮らしていた頃までは……とラクスは首をかしげる。そうすれば、桃色の髪の毛がさらりと音を立てて頬にかかってきた。それを無意識にかき上げながらラクスはさらに言葉を口にする。
「デュランダル元議長が何かなさったのかもしれませんわね。こちらのマイナスになるように」
 それは思い切り成功しているような気がする、と思う。
 アスランの言動のおかげで、どれだけ自分たちが疲弊感を覚えているか。それはもう口にできないほどだ。
「まぁ、それに関しては無視してもいいですわね、今は」
 アスランとキラの間にある物理的な――精神的なものもあるのだろうか――距離はそう簡単に乗り越えられないはず。
「その前に、キラがご自分の気持ちに気づいてくださればいいのに」
 自分にとってそれは悲しい結末をもたらすものだ。
 だが、キラにとってはいいことだろう。
 自分がどちらを望むか、といえば後者に決まっている。
「そうすれば、私も割り切れますものね」
 割り切ってしまえば、新しい道を選べるかもしれない。だから、とラクスは少し悲しげな微笑みを浮かべると、全てのウィンドウを落とす。そして、そのまま立ち上がった。

 ぐったりとしている自分たちの前で、キラとフラガだけは平然としている。彼等の方が状況的にきつかったはずなのに、だ。
「……経験の差、というだけじゃないよな……」
 それならば、オーブの軍人達だって――乗り込んでいた機体がMSではなかったとはいえ――彼等と同じ程度の、あるいはキラ以上の経験を積んでいるのではないか。そう思えるのだ。
 では、いったい何が違うのだろうか。
「キラさんって……あんなに細いのに……」
 ルナマリアがぼそりとこう呟くのが耳に届いた。
「細いったって……お前よりは重いぞ、キラさん」
 もっとも、ルナマリアが申告している体重が本当だとすれば、の話だが……とシンは付け加える。
「シン!」
「怒るんならな。俺が見える場所にデーターを放り出しておくな」
 というよりも、見せつけただろうが! とシンは言い返す。
「じゃなくて! 何であんたがキラさんの体重を知っているのよ!」
 問題なのはそっちなのか……とシンは頭を抱えたくなる。
「最近、新型の開発だけじゃなくてキラさんの護衛役もしていたからな」
 考え事に没頭すると、キラの注意は他に向けられない。だから、よく足下がおろそかになってこけるのだ。そのまま倒れるのを阻止するのも自分の役目だった、とシンは仕方がなく口にする。だからといって、さすがに朝起こしに行くことまではまだ言えないだろうが。
「……そういうことなら仕方がないけど……やっぱり、ずるい」
 自分だって、キラの護衛につきたいのに……とルナマリアは唇をとがらせる。
「かなりハードだぞ、キラさんの護衛は。少なくとも、キラさんを抱き留められないとダメだし」
 よく転ぶんだ、とシンは苦笑とともに囁く。
「それって、意外ね」
 キラのイメージだと、もっと落ち着いていて、そんなことはしそうにないのに……とルナマリアは口にする。
「キラさんも、俺たちと変わらないって」
 いや、もっとひどいかもしれない……とは言ってはいけない。そんなことをすれば、キラを神聖視しているオーブの連中はもちろん、ルナマリアにも袋だたきにあいかねないのだ。
 だからなのだろうか、と不意にシンは探していた答えを見つけたような気持ちになった。
 自分は、キラはキラだと思える。
 だからこそ、バルトフェルドやフラガはオーブの人間ではなく、自分にキラの護衛を命じているのだろうか。
 だとしても、嬉しいと思えるのは、自分がキラのことを知り始めているからだろう。
「特別扱いされるのは、誰だっていやだろう」
 いい意味でも、悪い意味でも……とシンは呟く。
「そうかもしれないけど、ね」
 でも、やっぱり自分たちと同じだとは思えない……と口にするルナマリアに、シンは苦笑を浮かべるしかできなかった。