「……キラ……」
 そのころのアスランは、あまりのショックにまだ動くことができずにいた。
「どうして……」
 彼があんな事を言ったのだろうか。何よりも、キラの隣に自分ではなくシンがいたことが一番の問題だが……とも心の中で呟く。本当であれば、自分がそこにいたはずなのにと思えば忌々しい。
 それでも、と無理矢理自分に言い聞かせるように言葉を続ける。
 きっと、キラは周囲からはじかれそうになっているシンを気にかけているのだ。だから、そばに置いているのではないか。
「キラは、やさしいから……」
 だから、どんな相手でも見捨てられないのだろう。
 逆に、自分には昔からわがままを言って甘えていた。思い切り振り回された記憶もある。
「キラは……俺に甘えているんだよな」
 ついでに、忍耐力も試しているのか。
「……きっと、そうだよな」
 でなければ、あんな態度をキラが取るはずがない。アスランは自分に言い聞かせるようにこう付け加える。
「となると、やっぱり俺がここにいる理由は……カガリとラクスの嫌がらせか?」
 カガリには怒りを向けられる原因をたくさん作ったような気はするが……と呟く。でも、同じ事をキラにしても彼は許してくれたのにな。やはり、付き合いの長さの違いか……とアスランは付け加える。
 ラクスは、キラとカガリを大切にしていたから、自分の行動を許したくないのだろう。そして、自分とキラを切り離すのは一番効果的だと判断したに決まっている。
 実際、自分はこんな風にいらいらしているしな、と。
「……本当、どうしてやろう」
 この調子であれば、自分はきっと、キラのそばにはいけない。それはわかりきっている。
 しかし、それではいけないのだ。
「カガリも、思った以上にしぶといし……キサカさんは、経験値が違いすぎるしな」
 フラガやバルトフェルドと同じで自分のことを簡単にあしらってくれる。上がそうである以上、下が見習うのは当然ではないか。もっとも、だからといって、自分の命令や指示を無視するというわけではない。彼等が無視するのは《キラ》に関することなのだ。
 ザフト――ミネルバ――では考えられなかったその態度は、訓練のせいだけではなく、それなりに年齢が高いからだろう。
 それだけに、抜け駆けができないというのも事実だ。
「……キラ……」
 だからといって、諦める自分ではない。
「かならず、会いに行くからね」
 どこかうっとりとした表情で、アスランはこう呟いていた。

 書類に目を通していたカガリは思い切り眉間にしわを寄せる。
「キサカ」
「残念ですが、事実です。現在、エリカ主任の協力を得てさらに詳細に調査している最中です」
 ただ、と彼は言葉を続けた。
「それでは間に合わぬ可能性も否定できない」
「わかっている」
 だからといって、現状では公にはできないだろう、ということも事実だ。ということは、後はこっそりと忠告をするしかないだろう。
「ラクスとキラに、雑談ついでに伝えておくか」
 それが一番無難で確実な方法だろう、とカガリは考える。後は、それぞれが必要だと思う行動を取ってくれるに決まっている、とも。
「それがいいでしょうな」
 キラやラクスであれば、自分たちに気づかなかったことも見つけ出してくれるかもしれない。キサカもこう言って頷いてみせる。
「もっとも、キラさまにはかなりご無理をお願いすることになりかねませんが」
 組織の方はもうかなり整ってきている。だが、新型や他の機体のOSはまだまだ手をかけなければならない状況だ、と聞いていた。そして、それができるのはキラだけだろう、とも。
「……と言うことは……」
 だが、カガリの脳裏に浮かんだのは、別の問題の方だった。いや、視点を変えればこちらの方が厄介かもしれない。
「わかっています。彼に絶対悟られないよう、箝口令は既に出してあります」
 カガリの表情からしっかりと彼女の懸念を読み取ったのだろう。こういう事をしてくれるから彼には頭が上がらないのだ。
「ついでに、監視も強めておいてくれ」
 何をしでかすかわからないから、とカガリは命じる。
「そろそろ、あいつの方が限界だろう?」
 そう思って、今日はキラに報告をさせたが、あるいは逆効果だったかもしれない。今回のことでアスランのリミッターがはずれかねないのだ。
「まぁ、明日からはしばらく厄介な仕事についてもらう予定なので、心配はいらないかと思うのですが……」
 それでも、何をしでかすのかわからないのがアスランだ。
 この前の時も、気が付けばザフトにいてデュランダルにいいようにこき使われていたらしい。それだけではなく、しっかりとこちらを悪者にもしてくれたな、とカガリは今更ながらに思い出す。
「本当に……あのころの私は藁にでもすがりつきたい心境だったんだな」
 でなければ、あれに恋に似たような感情など抱かなかった、と今なら言える。それでも、アスランをそばに置いていたのは、きっとキラにすがりついてはいけないとわかっていたからだろう。
 間違いなく、あの時、一番傷ついたのはキラだった。
 自分やラクス、それにアスランと違って、キラは普通の家の子供として育ったのだ。それなのに、一番辛い役目を押しつけてしまったことも事実。
 だからこそ、もう二度と辛い役目に尽かせないと思っていたのだ。だが、自分の力不足のせいでそれはかなわなかった。それどころか、どこかのバカのせいで余計に話がややこしくなったことは否定できないだろう。
「ともかく、あれは絶対、宇宙に出すな」
「わかっています」
 カガリの言葉に、キサカはしっかりと頷く。その言葉に、ようやくカガリはほっと安堵のため息をこぼす。
 それでも、一応これも警告をしておいた方がいいだろうな、とカガリは心の中で呟いていた。