キラ達がアークエンジェルにたどり着いたときにはもう、全ての準備ができていた。
「遅いぞ」
 苦笑とともにフラガが声をかけてくる。
「すみません」
 キラは素直に謝罪の言葉を口にした。ここにいるのはほとんどが旧知のメンバーだし、彼等相手に強がってみても仕方がないことをキラ自身がよく知っていたのだ。
「報告の後にごたついちゃって」
 何よりも、他の者達では通用してくれるごまかしが、彼等には通用しない。それもわかっているからこそ、正直に事態を告げる。
「……あぁ、アスランか……」
 だからといって、あっさりと納得されるのも困りものだとキラは思う。
「そんなに凄かったのか?」
 しかし、フラガの方はまったく気にする様子もなくシンに向かってこう問いかけている。
「報告の時はまだまともに会話していたけど、終わってからが……あの人、本当にあの《アスラン・ザラ》なんですか?」
 ザフトで、自分の上官だった頃は――キラに関わったときは別にして――ものすごくまじめで有能な隊長だったのに、とシンは付け加える。
「俺、あの人に殴られたこともありますよ」
 フリーダムを撃墜したときには殺されそうな視線でにらまれたけど……今日はそれ以上に恐かった……とさらにシンは言葉を重ねた。
「一回目は、あんたが悪かったんじゃないの」
 命令違反でしょ、とルナマリアが口を挟んでくる。
「でも、確かにアスランの『キラ、キラ』は驚いたわね。いきなりスイッチが切り替わっちゃうような感じだったもの」
 ちょっとあれはびっくりしたわ……と彼女も付け加えた。
 こんな風に、あの時のことをさりげなく彼らが口にしてくれるようになったのは最近だ。それはいい傾向なのだろう、と思う。
「……離れていてそれか……」
「ディアッカが言っていたけど、ヴェサリウスの中でも腐っていたって言う話ですよ、アスラン」
 それでも外面だけはいいのね……と言うミリアリアの言葉は相変わらず辛辣かもしれない。
「ディアッカさん、ですか?」
 シンが少し驚いたような表情でミリアリアを見つめる。そういえば、彼だけが二人のことを知らなかったな、とキラは今更ながらに思い出した。それだけ、彼もこのメンバーになじんでいたのだ。
「付き合ってたんですって。ミリアリアさんとディアッカさん」
 こそっとシンに囁いたのはルナマリアだった。
「ふっちゃったけどね〜」
 さらに本人が明るい口調でこう付け加える。
「……ディアッカはまだ諦めてないようだけど?」
 そういえば、メールに書いてあったけど……とキラも話しに加わった。
「そうなんですか?」
「あら、そうなの」
 こうなると、ブリッジにいる残りの女性陣も参加してくるのは当然なのだろうか。あのマリューですらどこか楽しげだという表情を隠さないでキラの方を見つめている。
「あいつ、キラに何聞いたのよ!」
 さっさといいなさい、とミリアリアが叫ぶ。
「……もしもし?」
 周囲をはばかるかのように、フラガが口を開く。
「そういうことは、出航してからでも時間が取れる、と思うんだけど、俺としては」
 だから、さっさと出発しないか、と彼は付け加えた。キラやシン、それにルナマリアはともかく、艦長であるマリューや今回はブリッジのクルーであるミリアリアとメイリンが動いてくれなければ、それもできないだろうと。
「確かに、それはまずいですよね」
 キラもそれには頷く。
「……キラ、後で食堂で、ね」
 逃げないで、とミリアリアが声をかけてくる。
「わかってるよ」
 だから、せめてディアッカにメールぐらい返してやって……とキラは苦笑とともに口にした。
「それこそ、気が向いたらね」
 にっこりと微笑むミリアリアの表情を見て、ディアッカが少しだけ気の毒になってくる。ひょっとして、彼女は彼を振り回すのを楽しんでいるのではないか、とキラはそうも思うのだ。
「その前に、カガリさんとラクスさんに連絡入れなきゃないもの」
 アスランの態度を報告しないといけないわ……と彼女は言い切る。
「ミリィ?」
「ということで、ちゃんとその時のことを報告してもらうわよ、キラ。ごまかそうとしても、シンに聞くから無駄よ」
 内容次第では、カガリに戒厳令を出してもらわなければいけないもの、と彼女は付け加えた。
「……戒厳令って……」
 そこまでしなければいけないものなのか、とキラは思う。
「もうじき、プラントで会談があるのを忘れているでしょう、キラ」
 それにアスランが付いていくかどうかはわからない。だが、カガリの監視がゆるめば、何だかんだといってあの男は周囲を丸め込みかねないのだ。しかしプラントに伴えば、別の意味で問題があるだろう、ともミリアリアは言い切る。
「それこそ、ディアッカさんにでも見張っていてもらえばいいんじゃないですか?」
 メイリンがこう言ってきた。
「そうね……そういう事態になったら、連絡をしてやってもいいかもね」
 でも、自分よりもイザークを優先する様な相手とよりを戻したいなんて思わないわよ! という言葉だけで事情が飲み込めたような気がする。
「……ディアッカさんも、問題ありですか」
 尊敬していたのに、というシンの呟きがキラの耳に届く。それに関しては、フォローすらできないキラだった。