今日はまた、最悪なくらいに機嫌が悪いな……とキラは目の前の相手の表情から推測をする。
「ともかく、OSの修正に関しては、こちらで作った基本のデーターをモルゲンレーテに送るから。後は、個人個人で対応してもらって」
 それでも、できるだけ冷静に言葉を綴っていく。
『あぁ。それ以上はお前の手を煩わせるわけにはいかないからな』
 アスランもまた、こう言って頷いてみせる。しかし、まったく表情は和らぐ気配を見せない。その理由が想像付くから、もうあきれるしかないのではないか。だからといって、下手に刺激もできないし、と心の中でため息をつく。
「なら、それは任せる。でも、取り返しが付かなくなりそうなら、さっさとこちらに寄越して」
 手の施しようが付かなくなってからだと一からやり直さなければいけないから……と普通に口にできる自分を、キラは少しだけほめたくなった。
『そう伝えておく』
 これに関しては、アスランもあっさりと同意してくれた。
「なら……これで終わりだね」
 後は、通信を終わらせて、それから明日からの訓練の予定を立てないと……とキラがこれからの予定を頭の中で考えていたときだ。
『ところで、キラ』
 アスランが不意に口調を変えて呼びかけてくる。
「何?」
 微妙に嫌な予感がするんだけど……と思いながら、キラは聞き返す。できれば、その前に通信を終わらせしまいたかったんだけど、とも。
『どうして、そいつがお前の側にいるんだ?』
 しかし、アスランの方はまったくキラの気持ちに気づいていない様子でこう問いかけてくる。
「そいつって、シン君のこと?」
 まぁ、ここには自分と彼しかいないのだから、そうなんだろうね……と心の中で呟きながら聞き返す。
『他に誰かいるのか?』
 即座にアスランはこう言い返してきた。
『いつもは他の人だろう』
「みんなが忙しいからに決まっているでしょう。シン君は、ここ最近、僕のフォローに付いてくれているし」
 みんながそれを認めている以上、アスランには何も言われたくない、とキラは相手をにらみ付ける。
『だが、そいつは……』
 アスランが何を言おうとしているのか、想像が付く。しかし、それを彼に聞かせるわけにはいかない。
「アスランがそれを言うわけ?」
 君だって、とキラは言外に滲ませながらこう問いかける。もちろん、自分にそんなことを口に出す資格はない、ということもわかっていた。それでもこう言わなければ、アスランはシンを傷つける言葉を口にしかねないのだ。
『キラ……』
 まさかキラがこう言うとは思っていなかったのだろう。アスランは言葉を失っている。
「大切なのは《過去》ではなくて《今》――《今》よりも《未来》でしょう」
 だから、シンが今の自分を認めてそばにいてくれるなら、それに答えるだけだ、とキラは付け加えた。
「アスランにも同じ事を言うけどね」
 でも、アスランは違う。
 彼は、今のキラよりも昔の――それこそ、彼の記憶の中にいる――キラの方を強く望んでいるのだ。それが、キラにとってどれだけ辛いことかアスランが気が付いてくれないのが問題なのだ……と彼だけは気づいてくれない。
 今、アスランと話をするのが辛いのは、そのせいなのだろうか。
 そんなことも、キラは考えてしまう。
「ともかく、そういう話をするというのなら、付き合えないから」
 でないと、スケジュールが狂うから……とキラは言いながらシートから腰を上げる。
『キラ!』
 アスランの方はここで会話を終わらせたくないと思っているのは、その口調からでも十分伝わってきた。しかし、それに耳を貸すつもりはキラにはない。スケジュールを送らせることは他の者達のそれも狂わせることにつながるのだ。
 だから、とキラは決断をする。
「僕の言葉の意味がわからないなら、しばらく連絡してこないで」
 カガリにもそういっておく……とキラは言い切った。
『……何を……』
「報告だけなら、他の人でも十分でしょう」
 違うの? と問いかければ、アスランは言葉を失う。つまり、それが答えなのだろう、とキラは考える。
「そういうことだから」
 この言葉とともに、キラはさっさと通信回線を切った。
 次の瞬間、キラは小さなため息をつく。
「キラさん」
「本当に、どうしてああなんだろうね、アスランは」
 少しは変わっていたかと思ったのに……とキラは呟く。ますますひどくなっているような気がしてならない。それは、どうしてなのだろうか。こうも考えてしまう。
「キラさん、俺……」
 シンはシンで、アスランの言葉をうまく受け止められないらしい。
「気にしてないって言ったでしょう? あの時は、君にとって僕は《敵》だったんだしね」
 今は違うと認識してくれているならそれでかまわないのだ、とキラは付け加える。
「……キラさん……」
 それでも、まだ何かためらいがあるのか。シンの声にはいつもの力強さが感じられない。
 あるいは、他にもそう考えている人間がいるのではないか。そう考えて不安になっているのだろうか。
「大丈夫だよ」
 足早に彼のそばに歩み寄ると、キラはそっとシンを抱きしめる。
「今の君のことをそんな風に考えている人間は、ここにはいない。僕も含めてね」
 だからこそ、フラガもバルトフェルドも、シンがキラの部屋に足を踏み入れることを認めているのだ。
「……まぁ、アスランのことは放っておいていいよ」
 ともかく、後でカガリ達にメールでも打っておこう。そうすれば注意をしてくれるはずだ、とキラは心の中で呟く。
「さすがに、馬鹿なことはしないと思うんだけどね」
 でも、アスランだからなぁ……と思ってしまうのは、彼の暴走癖を知っているからだろうか。
「……キラさん」
「さて、いかないとルナマリア達に怒られるよ」
 全ての不安を取り除くようにキラは明るい口調でこういう。
「そうですね」
 それにシンも、取りあえず頷いてくれた。