このことが契機になったのか。
 シンを見つめるオーブ軍の者達の視線が微妙に変化したように思う。同時に、キラの面倒を見ることを無意識に求められているように感じられた。
「何で俺が……」
 そう呟くが、本音を言えば嬉しくないわけではない。
 フラガ達だけでなくオーブの軍人達も自分の存在を認めてくれた。いや、キラの側にいることを許してもらえたと言った方が正しいのかもしれない。だから、今回の役目も押しつけられたのだろう、とはわかっている。
「キラさんも、キラさんだしな……」
 仕事となるとものすごい人なのに、どうして日常生活はこうなんだろうか……とシンは思う。もっとも、そのギャップも人気がある理由なのだろうとはわかってはいたが。
 今日もまた、ベッドの上にはこんもりとみの虫状態の毛布がある。その中では、この部屋の主がまだ夢の中に漂っているはずだ。
 これが普通のメンバーで、しかも今日が休暇であればかまわない。
 しかし、キラはこの組織のトップでしかも、今日もこれからあれこれ厄介ごとを片づけなければならない立場なのだ。たとえ、寝るのがどれだけ遅くても起きてもらわなければならない。
「キラさん、起きる時間ですって」
 言葉とともに、シンはいつものようにキラの肩だと思える辺りに手を置いた。そして、そのまま揺さぶる。しかし、その程度で起きてくれる人ではないこともわかっていた。
「キラさん!」
 それよりも、さっさと毛布を引っぺがして、そのままシャワールームに押し込んだ方が早い。それも既に学習していたことだ。
 だから、今日もそうしようと思っていたのに……
「……えっ?」
 何で、自分はここにいるのでしょうか……とシンは呆然としてしまう。
 すぐ目の前にキラの顔がある。
 そして、自分の首には彼の腕が回されていた。
 要するに、寝ぼけたキラによってベッドに引きずり込まれてしまったらしい。まだ家族と一緒にいた頃は、時々マユが同じ事をしてくれたが、それももう昔のことだ。その後はそんな事をするような相手と同室になったことがない。だから久々の経験だと言っていいのだろうか。
「……まつげ、長いな……」
 ルナマリアやメイリンがキラは『美人だ』といって騒いでいたが、それも嘘ではないと思える。特に、こうして瞳を閉じているときはよけいにだ。
 顔が整っているだけならイザークやアスランもそうだといえる。しかし、あの二人のようにとがったところがないからこそ、そう思えるのかもしれない。
 シンの視線の先で、キラの唇が微かに動く。
 理由なんてわからない。
 ただ、それに引かれるようにシンは自分のそれでキラの唇に触れていた。
 次の瞬間、自分がしでかしたことに気づいて慌ててその場から離れる。
「キラさん! 遅れますってば!!」
 さらに、照れ隠しというわけではないがこう怒鳴った。
「お願いですから、起きてください!」
 さらに、すぐそばにある体に手をかけると揺する。
 ここまでされて起きない人間がどれだけいるだろうか。
「……んっ……」
 ゆっくりとキラのまぶたがあがっていく。そのまま、彼はまっすぐにシンを見つめてきた。
「シン、君?」
 まだ完全に意識が覚醒していないのか。キラはどこかぼーっとした口調でこう呼びかけてくる。
「どうして」
「それは、起こしに来た俺を、キラさんがベッドに引っ張り込んだからだよ」
 何の夢を見ていたんですか! とシンは付け加えた。
「何のって……何だろう?」
 ちょっと覚えてないや……とキラは苦笑を浮かべる。そして、シンの首に回していた腕をといた。
 離れていくぬくもりに『残念』と思ったことは決して告げてはいけないだろう。シンはそう思う。
 自分に許されているのはキラをフォローする役目であって、それ以上の立場を求めてはいけないのだ。そう思う。
「……何か、寂しかったんだ……」
 だから、そばにいて欲しい……と思っちゃったのかな、と呟きながらキラは体を起こす。
「それって、危ないですよ」
 自分だからいいようなものの、そうでなかったら……とシンはあきれたように言い返した。そうでなかったら、取ってもまずい状況になっていたのではないか、とも。
「でも、ここに来るのはシン君か、ムウさんにバルトフェルドさん……ぐらいだし」
 フラガは引きずり込む前に引っ張り出されるし、バルトフェルド相手ならそもそも、そんな失敗はしない……とキラは苦笑を浮かべる。
「シン君の気配だと、安心しちゃうのかな、やっぱり」
 この言葉はどう受け止めればいいのだろうか。シンは思わず悩んでしまう。
 しかし、シンにしてもキラにしてもそんな風にのんびりしている暇はないのだ。
「それを考え込む前に、準備! 怒られるのは俺なんです」
 それが終わってからならいくらでも考えてください! とシンは叫ぶ。移動だけなら、最悪、自分が抱えていってもいいんだし……と心の中で付け加えた。もっとも、そんな光景を誰かに見られれば、それはそれで問題かもしれないが。
「大丈夫だとは思うけど」
 自分が一緒なんだし……とキラは口にする。それでも、これ以上遅れてはいけない、と思ったのか。素直にベッドから滑り降りた。そして、そのままシャワーブースへと移動していく。
「今日は転ばないでくださいよ」
 あの時のような騒ぎはごめんだ、とシンは彼の背中に声をかける。
「うん。気を付けるよ」
 あの後の騒ぎが予想以上に凄かったから……とキラは苦笑とともに言い返してきた。
 確かに、ラクスとカガリの過保護ぶりは凄かったな……とシンも頷いてしまう。同時に、今日の相手はさらに恐いことになるのではないか、とも考えてしまった。
 今日、キラが連絡をする相手。
 それが別の意味で一番厄介だといえる存在だと考えているのは自分だけではないだろう。シンはそう確信している。
「堅苦しくて、まじめな人だと思っていたんだけどな」
 キラが関わるとあそこまで別人になるのか。確かに、その片鱗はあったけど……とシンはかつての上司の面影を思い浮かべながら呟いていた。