釈然とできないものを抱えている人間は他にもいた。
 キラがシミュレーションを終えたムラサメ隊のメンバーにアドバイスをしている光景を見た瞬間、シンの中で何かがわき上がってくる。
「……何で、このくらいで……」
 それはキラの立場から考えればごく普通の光景なのだ。自分のそばにいるだけではいけないと言うこともわかっている。それなのにどうして、と考えても答えは見つからない。
 わからないことがまた気に入らない……と言うことも事実。
 だからといって、目の前の光景を壊すことはできないだろう。
 彼等がどれだけキラに言葉をかけてもらうことを待っていたのか。それを如実に表すような表情を見てしまっては、だ。
「キラさん、ここしばらく、俺たちにかかりきりだったもんな」
 連中としても我慢していたのだろう。そう思えば、ここは自分が我慢するべきなのではないか。シンは自分に言い聞かせるように心の中で呟く。
 それでも、目の前の光景が気に入らないというのは事実だ。
 気に入らなければ見なければいいだろう。その間に、後でキラに修正をしてもらえるようにOSのチェックをしておこうか……と進化きびすを返しかける。
「シン」
 その時だ。彼に向かってキラが声をかけてくる。
「はい。何ですか、キラさん」
 反射的に言葉を返して、シンは次の瞬間後悔をしてしまった。オーブの連中の視線がまるで棘や矢のように突き刺さってきたのだ。それでも、キラは気にしないというようにシンを手招いている。複雑な思いのまま、シンは彼の方に歩み寄っていった。
「ごめんね。ちょっと確認したいことがあるから、シミュレーションに付き合ってくれる?」
 自分と一緒に彼等の相手をして欲しいのだ、とキラは付け加える。
「キラさま!」
「そいつと、ですか?」
 慌てたようにオーブのパイロットが問いかけてきた。その言葉の裏に『できることなら自分が』と言う感情が見え隠れしているのは、シンの錯覚ではないだろう。もちろん、キラにもわかっているはずだ。
「君達のフォーメーションを確認したいから。それによって、システムの微調整もしたいし」
 ついでに、シンの新型用のOSも確認できるでしょう、とキラは笑う。その微笑みに、誰も反論ができるはずがない。
「それに、君達も実際にシン君の実力を確認したいでしょう?」
 いろいろな意味で……とさりげなく付け加えられたキラの言葉に、目の前の者達ははっとしたような表情を作った。それは、きっと図星を指されたからだろう。
「みんなの態度はとても立派だし、こういう状況ではありがたいと思う。でも、それだけじゃ、まだ足りないから」
 この組織をしっかりとしたものにして行くには……とキラは毅然とした口調で言い切る。そんな態度を取れば、彼の小柄とも言える体が、何故かとても大きなものに感じられた。
「……キラさま……」
「申し訳、ありません……」
「我々は……」
 口々に彼等は言葉を口にし始める。
「これからの行動を気を付けてくださいね」
 今までのことはかまわないから、とキラはまた穏やかな微笑みを口元に浮かべた。それに、誰もが頷いてみせる。
「それでは、始めましょうか」
 キラの宣言が、周囲に響いた。

 キラとともに――それがシミュレーションだとは言え――戦えると言うことは、シンとしては嬉しい事実だった。一年ほど前には、あれほど倒したいと思っていた事は忘れていない。だが、それでも今は嬉しいのだ。
 それはきっと、キラに対する自分の感情が変わったからだろう。
 同時に、彼が好きで敵を殺しているわけではないとわかったからかもしれない。むしろ、救えるものなら敵でも救いたいと思っていたらしいのだ、彼は。それが偽善だと思えなくなったのは、実際のキラをこの眼で見てしまったからかもしれない、とシンは考えている。
「……ここまでハードだったとは……」
 本当に、人は見かけによらない。そう呟きながら、シンはシミュレーターから抜け出した。そのまま何気なく視線を向ければ、オーブのパイロット達が疲労困憊といったような様子で床に座り込んでいた。
「無理もないよな……」
 一人だけ涼しい表情でデーターを確認しているキラを一瞬だけ見つめると、シンは行動を開始する。
「何か、飲むものでも持ってこようか?」
 そして、パイロット達にこう声をかけた。シンのそんな行動に彼等は一瞬目を丸くする。
「……すまないが、頼む……」
 だが、すぐにこう言い返してきた。
「ちょっと待っていてください」
 何とか口元に微笑みを浮かべるとシンは歩き出す。といっても、部屋から出ると同時にメイリンとミリアリアがドリンクを持って――ルナマリアはその二人にくっついて――こちらに来ているのが目に入った。
「あぁ、ちょうど良かった。これみんなの分ね」
 どうせ、死んでいるのでしょう、とミリアリアが苦笑とともにこう言ってくる。
「まぁ……キラさん、本気出していましたから」
 自分も付いていくだけで精一杯だった、とシンは頷き返す。
「……ついて行けるだけ凄いわよ」
 ミリアリアが感心したようにこういった。
「フリーダムでしょう、キラが使ったのは。なら、よけいにだわ」
 新型の性能が凄いのかもしれないけど、それを使いこなせるだけでもシンの実力がわかる、と彼女は付け加える。彼女もまた、キラとともに戦い続けてきた経歴の持ち主だからこそ、そういえるのだろう。
「でも、来てくれたのなら、これをお願いしてもいいわね」
 そういいながら、彼女はシンに手にしていたドリンクを手渡してくる。
「この色が違うのがキラさんのだから」
 さらにメイリンがこう付け加えた。
「キラさんだけ、特別扱い?」
「っていうか……ご飯食べてないのよ、キラ」
 また抜いたから、といわれて、シンのまなじりがつり上がる。
「あの人は!」
 今のことが終わったら、無条件で食堂に引っ張っていってやる、とシンははき出す。状況を知れば、オーブの連中も力を貸してくれるだろう。
「この調子なら、大丈夫ね」
 シンの様子に、ルナマリアは小さな笑いを漏らす。
「あの」
「じゃ、頼んだわよ」
 シンの言葉を最後まで聞くことなく、彼女たちはその場を後にする。
「……忙しいのか……」
 仕方がないよな……と言いながら、シンはきびすを返す。そしてそのままシミュレーターのそばにいる者達の所へ戻っていった。