それでも、締結式当日になればそんな感情を表に出すわけにはいかない。その位のことはキラにもわかっていた。
「……大丈夫だ、キラ。お前は黙って微笑んでいればいい」
 口を開くのは自分やギルバートの役目だ、とカガリは口にする。
「そうだね。君はそこにいてくれればいい」
 さらに、ギルバートにまでこう言われては反論しても無駄だと判断をした。
「君とジュール隊長達が並んでいる姿を見れば、我々の間が良好だと見せつけられるだろうからね」
 それだけで、地球軍が反抗しようと思っている気持ちをたたきつぶせるだろう。
「もっとも、ブルーコスモスの残党がどう考えるかはわからないが」
 本当に厄介だね、と彼はため息をつく。
「それでも、条約さえ締結してしまえば色々と動きやすくなる」
 カガリがこう言って笑った。
「……僕も、外の警備の方がよかったな」
 そちらの方が気が楽だったに決まっているのに、と諦めきれずにキラは呟く。
「やめておけ。そんなことをしたら、ラクスに掴まってあれこれ言われるぞ」
 それでもいいなら止めないが……とカガリが言ってくる。
「……それは……」
 それでいやかもしれない。しかし、人前に出るのとどちらがましだろうか。本気でそう考えてしまう。
「諦めなさい、キラ」
 しかし、それもラウの声が耳に届くまでだ。
「ラウさんまで」
 ここに自分の味方はいないのか。そう思わずにはいられないキラだった。
「仕方がないね。君が選んだ道だろう?」
 しかし、こう言われては反論も出来ない。
「……それはわかっていますけど……」
 でも、とキラは頬をふくらませる。その瞬間、周囲から笑いが起きた。

 式場はある意味、重苦しい空気に包まれている。それも当然だろう、とシンは思う。
 大西洋連合の連中にしてみれば、今までの価値観をたたき壊されるのだ。それでも、平和が手にはいるならいいじゃないか。そう思う。
「でも、それがいやな奴がいるんだよな」
 自分たちだけが権力やお金を手に入れなければいけない。そのためなら、他の者達を不幸にしても構わない。そんなことを考える連中が、と呟く。
「でも、条約さえ締結されてしまえば、連中だって迂闊に動けない」
 今だって民衆はそんな連中への怒りを収めきれていないのだ。ただ、条約が締結され、プラントとオーブがきちんと監視をしてくれる。その希望があるから大人しくしているだけだ、とレイが教えてくれた。
 だから、何があっても今回の式を壊されるわけにはいかない。それはわかっているが、とシンはため息をつく。
「俺も、外の警備の方がよかったのに」
 こんな雰囲気は苦手だ、と呟いた。
「あきらめろ」
 それにレイが言い返してくる。
「壇上に上げられるよりましだろう?」
 そちらの方がよかったか、といわれて、反射的に首を横に振ってしまった。
 誰が、そんな目立つような場所に立ちたいと思うか、と心の中で続ける。 「なら、妥協するんだな」
 苦笑と共に彼はそう言った。
「だが、いつかはあそこに立てる立場にならないといけないか」
 あの人達を守るために。彼がそう呟くと同時に、正三角形の頂点を描くように配置されたドアが一斉に開く。そこから各国の代表達が姿を現した。
 その中に、キラの姿を認めた瞬間、それぞれから違った意味合いのざわめきがわき上がる。それに彼女は一瞬、表情を強ばらせた。だが、すぐに真っ直ぐ前を見つめると歩き出す。
 最初にあったときは、本当に消えそうなイメージの人だったのに、とシンは心の中で呟く。その華奢な体躯は変わらないものの、今の彼女からは強い意志を感じる。
 それはきっと、彼女が『世界を守る』と決めたからだろう。
「……俺だって……」
 その気持ちは変わらない。
 違うのは、その覚悟の強さだろうか。
「負けていられるか」
 キラの隣には立てないかもしれないが、その視界に入れてもらえるような存在にはなってみせる。
 問題は、カガリだが……面と向かわなければきっと無視できるのではないか。そう思えるようになったのも成長なのだろうか。それとも、とシンは心の中で呟いていた。



BACKNEXT

 

最遊釈厄伝