「彼等のことは大丈夫だよ」
 ギルバートは安心させるように声をかけた。
「守るものがあるときのラウは、誰にも負けない」
 そう続ければ、キラは小さく頷いてみせる。
「でも……心配なんです」
 ラウにとってムウがどのような存在であるか。一緒に過ごしている間によくわかったから、とキラは口にした。
「……どうして、君は彼を助けようと思ったのか、教えて貰っても構わないだろうか」
 ラウが生きていてくれたことは嬉しい。
 そして、レイに未来を与えられる可能性がある。その事実にはどれだけ感謝をしても足りないと思う。
 しかし、どうして彼女はラウを助けようとしたのかがわからない。彼は彼女を色々な意味で傷つけていたではないか。
「……母が……」
 ためらうようにキラは口を開く。
「母さんではなくて、僕に命をくれた母が、あの人のことを気にしていたので」
 自分たちの力量が足りなかったために、彼の命に区切りを告げてしまった。しかし、それでは何のために彼が世界に生まれた意味がないだろう。
 だから、と日記の中で何度も繰り返していた。
「それに……僕があの人と話をしたかったんです」
 たとえ、彼が自分に向けてくる感情が憎しみだけだったとしても……とキラは言った。
「他のみんなは『違う』と言っていましたが、僕の罪は僕の責任ですから」
 いったい彼女は何を指して《自分の罪》と言っているのだろうか。
 自分が把握している範囲で、彼女の罪と言えるものはなかったように思う。戦いの最中に敵対してきた者達の命を奪ったことを指しているのであれば、それこそ、戦争だったのだから、としか言えないはずだ。
 しかし、彼女はそう思えないのだろう。
 それはきっと、彼女が戦争とは無関係の世界で生きてきた普通の心優しい少女だからだ。
「でも、あの人は僕の罪を《罪》だと言ってくれたから……だから、もっと話をしたかったんです」
 そのせいで、世界を壊そうとまで彼が思っていたのであれば……と続けられたところで、彼女が言っている《罪》が何であるのか、わかってしまった。しかし、それこそ彼女の罪ではない。
 だが、それで自責の念を抱いているというのであれば、自分には何と声をかけるべきなのかがわからない、と言うのも事実だ。
 この自分がそんなとを考えるとは思っても見なかった。心の中でそう付け加える。
「でも……母さんとマルキオ様が、母のデーターを渡してくれたから……」
 そして、カガリ達が協力をしてくれたから、彼だけでも救うことが出来た。
 キラはそう言って淡い笑みを浮かべる。
「僕の罪がなくなったとは思っていません。それでも、僕がここに存在していてもいいのだって、思えたから……」
 だから、自分にとって彼と出会うことは必要なことだったのだ。キラはそう言い切った。
「あの男にしても、君と出会うことは必要だったようだね」
 世界を道連れに死のうとしていたのだ、彼は。
 だが、キラの存在を知った瞬間、彼は全ての選択を彼女に預けた。
 自分の生死も、だ。
 その結果がどうなったのかを、今のギルバート達は知っている。そして、それは間違っていなかったと思えた。
「だから、自分に自信を持ってくれてかまわないと思うよ」
 もっとも、ラウは彼女に甘えて欲しいと思っているようだ。だが、それは男ならば誰もが抱く感情だろう。
「……しかし、あの男は鬱陶しくはないかね?」
 ここから先は、ただの好奇心だ。
「鬱陶しいなんて考えたこともないです」
 傍にいてくれれば、その方が嬉しいし……と言い返してくる彼女は間違いなく一人の少女だ。
「それに……ラウさんは、僕が守らなくてもいい人ですから」
 この言葉に、ギルバートは引っかかりを覚える。だが、彼の実力ならそれは当然のことだ。
「彼なら、十分に君を守りきってなおかつ自分が無傷でいる、と言うことも可能だろうしね」
 だから、とさりげなく意味をすり替える。
「それでなくても、レイが小さな頃は、あの子を抱き抱えて訓練をしていたしね」
 本人が教えないであろう昔のことを口にした。
「そうなのですか?」
「あぁ。戦争が激しくなる前は彼の方が真面目にあの子の面倒を見ていたのだよ」
 この言葉に、キラも「そうですね」と口にする。
「子供達はみんな、ラウさんが大好きですから」
 彼の顔を見ればお話をねだったりしていた。そう彼女は告げる。
「おやおや。何だかんだと言っても変わらないのだね、彼は」
 戻ってきたら、からかうべきか。それとも……と悩むように口にする。それに彼女は笑みを深めた。



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