何かばたばたしているような気がするのは錯覚だろうか。
「……シン」
 そんなことを考えていれば、レイがそっと声をかけてくる。
「どうかしたのか?」
 こう言いながら、シンは彼の方に歩み寄っていく。
「頼みがあるんだが、構わないか?」
 この言葉にシンは直ぐに「なんだ」と言い返してくる。
「内密に付き合って欲しい。アスランには気付かれないように」
 最後に付け加えた名前で彼の表情が引き締まった。
「ひょっとして……」
 その後の言葉を唇の動きだけで伝えてきたのは、どこで誰が聞いているかわからないからだろう。そのあたりの判断は間違いがないと思う。
「あぁ。護衛に付いてきて欲しい、とギルが」
 他にももう一人付いてくるが、とレイは付け加える。
「了解。でも……」
 できれば、フリーダムのパイロットと話がしたい。唇の動きだけでそう言った。
「……こちらの用事が終わって、相手に確認を取ってから……でいいか?」
 シンの希望は伝えるが、本人の都合もあるだろうし……と言い返す。
「わかっている。ただ、機会があれば、だけど……顔を見るだけでもいいや」
 今回は、と彼は続けた。
「悪いな」
 では、といいかけて、レイは口を閉じる。視界の隅に今は会いたくなかった存在を捕らえたからだ。
「レイ?」
 どうかしたのか、とシンが問いかけてくる。そんな彼に言葉を返す代わりに自分が見ている方向を指さす。シンもそちらに視線を向ける。その瞬間、顔をしかめた事から、彼も状況を理解したらしい。
「今日の夜にでも、部屋で」
 あそこならば、絶対にアスランは入ってこられない。だから、とレイは言う。
「わかった」
 二十時までには戻れるはずだ。シンはこう言ってくる。
「頼む」
 そう言い返す。その時だ。
「二人とも、いいか?」
 少し離れた場所からアスランが呼びかけてくる。
「なんですか?」
 いやそうな表情を隠すことなく、シンが聞き返す。
「俺らこれから、やることがあるんですけど」
 優先しなければならないことなのか。彼はそう付け加えた。こういう時の開き直りぶりはいつ見ても感心してしまう。自分には出来ないことだし、とレイは心の中で呟く。
「直ぐに終わる」
 だが、アスランは不機嫌そうな表情でこう言ってくる。
「ですから、それは軍務に関係のあることなのですか?」
 そうでないなら、後にして欲しい。レイもそう言う。
「だから、手間は取らせない、と言っているだろう!」
 いらだたしさを隠さずにアスランは言ってきた。
「残念だが、議長命令で俺はこの場を離れなければいけない。お前達の時間が空くまで待っていられない状況だ」
 だから、短時間でいいから付き合え……と彼は言う。
「無理です」
 こちらも至急の内容だ。今こうしていることもまずいのに、とシンは言い返す。
「それとも、あんたが自分の責任だと言ってくれるわけ?」
 ついでに、自分たちの代わりに怒られてくれるのか、と彼は続けた。
「なら、構わないけど」
 ちなみに、自分はエイブスだけど……と付け加えられて、アスランは微かに頬をひきつらせる。
「……自分は艦長ですが?」
 彼女を納得させてくれますか? とレイも問いかけた。
「……わかった……」
 もう言い、と言うと、彼はきびすを返す。
「なんなんだよ、あいつ」
 その後ろ姿を見送りながら、シンが言葉を漏らす。
「さぁ、な」
 彼の考えていることは一つしかないだろう。しかし、自分たちにそれを問いかけたのは何故なのか。
「ひょっとして、何か気付いているのか?」
 ともかく、とレイはシンへと視線を向ける。
「怒られないように行動した方がいいな」
 自分はともかく、シンは……と言えば彼は苦笑を浮かべた。
「じゃ、また後で」
「だな」
 言葉とともに、それぞれが向かう方向へと歩き出す。その瞬間、アスランの視線を感じたような気がしたのは錯覚だろうか。
「……きっと、ギルが手を回したんだろうが……」
 何か、いやな予感がする。レイは思わず、そう呟いてしまった。



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最遊釈厄伝