「……やりにくいですな」
 小さな声で艦長が囁いてくる。
「仕方がないだろう。間違いなく、またアークエンジェルが邪魔をしに来るだろうからな」
 あの艦の名前を口にする時にわき上がってくるこの感情は何なのだろうか。
 いや。それだけではない。
 あの白と蒼とで彩られた機体を見た瞬間、何故かあの三人に対するのとよく似た気持ちも感じてしまう。
 自分は記憶を失う前にあの連中アークエンジェルと何か関わりがあったのだろうか。
 もっとも、そうだとしても今の自分にどうすることも出来ない。
「せいぜい、あのお坊ちゃんを持ち上げて、こちらに都合のいいように動いてもらうまでだ」
 問題はその際に生じるであろうタイムラグをどうするか。考えるならそちらの方だろう。
「本当、厄介だなぁ」
 ザフトだけであればさほど問題はない。
 だが、アークエンジェルまであちらに加わればこちらが不利なのは目に見えている。
「どうも、かなり優秀な指揮官があそこにはいるようだからな」
 もちろん、それはカガリではない。だが、その傍にかなりの視線をくぐりに抜けてきたと思える人間がいるようなのだ。
「フリーダムだけでも厄介なのに」
 あれのパイロットの技量は、敵であっても感嘆せざるを得ない。
「確かに、あれは見事です」
 敵でなければじっくりと見とれたいほどだ、と艦長も頷いてみせる。
「あのお坊ちゃんも、うまくあのパイロットを取り込んでくれればよかったのに」
 そうすれば、と彼は続けた。
「まぁ、あのお坊ちゃんじゃ無理だったろうな」
 おそらくあのパイロットはコーディネイターだ。オーブ――いや、セイランのコーディネイターに対する態度を見ていれば、相手がどのような感想を抱くのか、想像が付く。
 何よりも、アークエンジェルにはカガリ・ユラ・アスハがいる。
「……こうなるとわかっていれば、もっとましな人間に説得をさせるよう、頼んでおけばよかったな」
 ため息とともにそう続けた。
「本当に」
 自分でも、あれに娘を嫁がせたいとは思わない。たとえ政略結婚でもだ、と付け加える彼には、まだ幼い娘がいるのだと聞いたことがある。
「まぁ、最高評議会議長殿さえ確保してしまえばこっちの目的は達せられるんだが」
 もっとも、そうなったら自分たちはどうなるかわからない。だが、それも今は考えることではないか……と心の中で付け加えた。

 司令室代わりのシェルターでギルバートはモニターに映し出された外の様子を見つめていた。
「まったく……どこから私の訪問がばれたのだろうね」
 今回の地球への訪問は最高機密扱いだったのに、と彼は呟く。
「あるいは、上層部にあちらとつながっている人間がいる、と言うことなのかな?」
 だとするならば厄介だ。
「何とかしないとね」
 あぶり出すしかないのだろうが、と付け加える。
 そう言った陰険な作戦が苦手だとは言わない。しかし、そのようなことをしている時間が惜しいとも思うのだ。
 そんなことをしている暇があれば、もっと別のことに時間を使いたい。
「とりあえず、今回も、あちらの方々には早々にご帰還頂くしかないだろうね」
 それと、とギルバートは視線を周囲にいる者達へと向ける。
「アークエンジェルとフリーダムが出てきても、決して攻撃はくわえないように。彼等は、自分たちに手を出さなければ無為に攻撃をしてくることはない」
 だが、一度牙を剥かれれば徹底的に排除されるだろう。もっとも、それでも命までは取られないのは彼等の優しさなのだろうか。
 しかし、おとされた後、救助までの間、パイロットがどのような気持ちになるか。それを考えれば最初から手出しをしない方がいいに決まっている。
 もっとも、そう考えているのは自分だけらしい。一部のものからは恨めしそうな呟きが聞こえてくる。
「前の戦いの時の遺恨、と言うのであればそれはさっさと捨てるべきだね。あの時、我々は誤った道へと進みかけていた。それを彼等が正しただけのこと」
 内部でそれを正せなかったことこそ恥じるべきだろう。そう続ける。
「第一、彼等がいたからこそ、本国は無傷ですんだのではないかな?」
 同胞の命よりも己の個人的感情を優先するというのであれば、今すぐここから立ち去れ。そう続けた。
「我々が優先すべきなのは、世界に平和を取り戻すことだ。違うのかね?」
 さらに付け加えれば、彼等は視線をそらす。
「私の指示を徹底させるように」
 今後のことを考えれば、彼等を敵に回すべきではないのだ。そう続ける彼にすぐに言葉を返すものはいなかった。



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