キラは必死にキーボードを叩いていた。
「大丈夫だよ、キラ。まだ戦闘は始まっていない」
 その理由がわかっているのだろう。ラウが静かな声でこう告げる。
「それよりも、確実に作動するものを作りなさい」
 もっとも、キラが失敗すると思ってはいないが……と微笑みながら、そっと頬を撫でてくれた。
「わかっていますが……すこしでも早く止められれば、戦闘が回避されるかもしれませんから」
 いくらオーブ軍でも、動けなければ戦闘に参加することは不可能なはずだ。
 そして、目的の海域までたどり着けなければ、盾にすることも出来ないだろう。
「君の気持ちもわかるよ」
 しかし、とラウは言葉を重ねた。
「君が倒れては意味がない」
 戦闘も控えているのだから、と言われてはキラも反論しづらい。
「せめて、食事と仮眠だけはきちんと取りなさい」
 でなければ、強引に眠らせるよ……と彼は微笑む。
 こういう表情をしたときの彼は本気だ。絶対に言ったとおりの行動を取るだろう。それがわかっているから、キラは頷くしかできない。
「いいこだね」
 そう言いながら、彼はそっと顔を寄せてくる。そして、額に一つキスを落とした。
「本当は別の場所にキスをしたいのだが……そうなると、作戦が失敗しかねないからね」
 苦笑と共に彼はそう告げる。
「ラウさん」
「そうなったら、間違いなくバルトフェルド隊長に殺されかねない」
 冗談めかした口調ではあるが、本気でそういっていると言うことがキラにはわかった。
 そして、その言葉通りのことが行われるだろう、と言うことも想像が付く。
「……と言うわけで、食事に行こう」
 この言葉に、キラは小さく首を縦に振る。
 そのまま、差し出された手を取ると立ち上がった。
「大丈夫。船が動きが遅いからね。まだ時間はある」
 最低でも一両日は、と彼は囁いてくる。だから、大丈夫だ。その言葉に、キラは小さく頷いて見せた。

 ラウの言葉で気が楽になったからか。それとも、悩んでいた部分の糸口が見つかったからか。ウィルスは完成できた。
「後は……どうやってこれをあちらさんに流すか、だな」
 下手に近づくことは難しい。
 だが、ある程度まで近づかないとウィルスを流すことが出来ない。
「海底からは無理ですか?」
 アークエンジェルは潜行することが出来る。ソナーさえごまかせればかなり近距離まで近づけるのではないか。
「確かに、それがいいでしょうね」
 キラの言葉にマリューも頷いてみせる。
「……それしかないだろうね。MSの動きが制限されることは気に入らないが……」
 妥協するしかないだろうな、とバルトフェルドはため息を吐く。
「フリーダムなら大丈夫です」
 ムラサメは確かに海中では辛いかもしれないが、とキラは言い返す。
「直ぐに浮上してもらえればいいだけですし」
 そう付け加えれば、バルトフェルドだけではなくラウも複雑な表情を作った。それがどうしてなのか、キラにはわからない。
「……二人とも男だからな。女のお前にだけに負担を追わせるのは複雑、と言ったところじゃないか?」
 カガリがそっと囁いてきた。
「でも、出来る人間が出来ることをするのは当然でしょう?」
 キラは小声でそう言い返す。
「まぁ、そうなんだが」
 それでも、二人は男だからな……とカガリは付け加える。
「……まぁ、あのムウですらキラさんに全部押しつけるのは心苦しいと言っていたのだから、お二人ならなおさらよ」
 苦笑と共にマリューが口を挟んでくる。
「ムウさんが、ですか?」
 そんなことを言っていたのか、とキラは呟く。それ以上に、彼女が微笑みながらそう口に出来るようになったことに驚いた。
 しかし、彼女の中でそれだけ時間が経ったという証拠なのかもしれない。そう考えているキラの背後でラウとバルトフェルドが先ほどまでとは違った意味で複雑な表情を作っていたことには気付かなかった。



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最遊釈厄伝