小さなため息とともに背中をシートに預ける。
「疲れたのかな?」
 その瞬間、キラの耳に柔らかな声が届いた。
「ラウさん」
 いいえ、と言いながら首を横に振る。
「ちょっと、考え事をしていただけです」
 そして、素直にそう告げた。
「あまり考え込んではいけないよ。君はどうやら、そうすることで自分を追い込みかねないようだからね」
 こう言いながら、彼は手を伸ばすとキラの頬に触れてくる。そこから伝わってくる温もりが優しい。
「……そう、見えますか?」
 その手にそっと自分のそれを重ねながら、キラは問いかける。
「少なくとも、私にはね」
 笑い声と共に彼は言葉を返す。その笑いの中に少しだけに苦い響きが含まれていたのはどうしてなのか。
「だから、一人で抱え込まずに私に話してくれないかな?」
 そうすれば、助言も出来る。そうできなくても、キラが何を悩んでいるのか知っているだけでも自分が安心できるから……と彼は続けた。
「そういうものなのですか?」
 キラは思わず聞き返してしまう。
「そういうものなのだよ。だから、教えてくれないかな?」
 何を考えていたのだい? と彼は笑みを浮かべる。
「……どうして、戦争がなくならないのか……とか、どうすれば一番いいのか。そんなことです」
 オーブのことだけを考えても意味はないから、と続けた。
「確かに。おそらく、裏で糸を引いている者達がいるのだろうね。言葉は悪いが……戦争は巨大な利益を生む」
 軍需産業だけではない。色々な面で、とラウはため息を吐く。
「そして、普段ならできないような実験も、勝利のための一言で許容されることがあるしね」
 しかも、そう言う者達は表に出てこない。だからこそ、厄介なのだが……と彼は言葉を重ねる。
「しかし、それを告発するにも、まずはカガリの地位を取り戻さなければ、ね」
 そして、その根拠となる証拠を集めなければいけない。
 こう言われて、キラは小さく頷く。
「だが、それならば私も手伝えるね」
 キラほどハッキングが得意だとは言えない。しかし、それでもそれなりの実力は持っているつもりだからね……と彼は笑う。
「だから、一人で無理をする必要はないのだよ」
 この言葉に、キラは小さく頷いて見せた。
 同時に、彼の言葉で重荷が消えたような気がする。確かに、彼の言うとおり、誰かに話すことでグルグルと悩まなくてすむのか、と初めて気が付いた。
「そう言えば……ムウさんもそう言ってくれたっけ……」
 小さな声でそう呟く。
「あの男にしてはまともな判断だ」
 苦笑と共にラウは言い返す。
「それだけ、君のことが大切だったのだろうね」
 その彼の言葉には、あの時のようなムウへの憎しみは感じられない。その事実にも、キラは安心する。
「きっと、ムウさんが僕と同じくパイロットだったから、でしょうね」
 だから、気にかけてくれていたのではないか。そんなことも考える。
 いや、元々彼は面倒見がいい性格だったのかもしれない。でなければ、あれだけ皆に慕われなかったのではないか、とも思う。
「どちらにしても構わないがね。おかげで、君がここにいてくれるのであれば」
 苦笑と共に彼はそう告げる。
「もっとも、できれば私といるときには私のことだけを考えてくれると嬉しいのだが」
 さらに付け加えられた言葉にキラは首をかしげた。
「……意味がわからないなら、後でラミアス艦長にでもお聞きすればいい」
 そうすれば困ったような表情で彼はそう言い返してくる。
「それよりも、そろそろ食堂に行かないと、カガリ達が怒るのではないかな?」
 この言葉に、キラは時間を確認した。
「……そうかも……」
 確かに、そろそろ食事を取らないとまずいかもしれない。
「と言うことで、行こうか」
 言葉とともに、彼の手がキラの体をシートから抱き上げる。
「ラウさん!」
「構わないだろう、このくらい」
 くすくすと笑いながらそう言う彼に、自分が何をしたのだろうか……と思わずにはいられないキラだった。



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最遊釈厄伝