海沿いの細い道を進んでいく。そうすれば、やがて開けた場所に出た。
 その中央に近い場所には一つの石碑がある。そして、その周囲には色とりどりの花々が咲いているはずだった。
「……やっぱり、枯れている……」
 しかし、先日、オーブを襲った高波のせいか。その花々は力無く倒れ、茶色になっていた。
「土も入れ替えないと、ダメだよね」
 自分と子供達だけで出来るだろうか。そう考えながら首をかしげる。
「マードックさんが休みの日なら手伝ってくれるかな」
 彼ならば、頼めばよろこんで引き受けてくれるだろう。
「でも、せっかく、綺麗に咲いていたのに……」
 そう呟いたときだ。背後から近づいてくる足音が耳に届く。
 ひょっとしてここに眠っている人の関係者だろうか。そう思いながら、キラはゆっくりと立ち上がった。
「慰霊碑ですか?」
 まだ若いと思える声がこう問いかけてくる。
 彼の瞳の奥に隠されている感情を、以前、どこかで見たような気がした。一体どこでだっただろう。思い出したいのに思い出せないもどかしさが、心の中に広がる。
 しかし、それは自分の感情で彼には関係ないことだ。だから、出来るだけ普通の口調で言葉を綴る。
「そうだね」
 あの日の、とキラは心の中で付け加えた。いくら、自分に力があっても一人だけで全てを守るのは不可能だ。それを思い知らされた日の……と付け加える。
「……せっかく、植えたのに……花が枯れちゃったね……」
 何故、こんなことを言ったのか。別に言わなくてもよかったのに、とキラは心の中で呟く。
「しょせん……見せかけだけじゃダメなんだ……」
 それに少年はこう言い返してくる。
「でも、また植えようと考えている人はいるよ?」
 吹き飛ばされても、からされても、何度も何度も植えていけばいい。
 そうしていくうちに、きっと、同じ気持ちになってくれる人がいるから……とキラは言い返す。その瞬間、少年は驚いたように目を丸くした。
「……偽善かもしれないけど……でも、僕はそうしたいと思っているから……」
 小さなため息とともにキラはそう言った。
「あんたって、お人好しって言われません?」
 それに、彼はこう言い返してくる。
 反射的に苦笑を返せば、彼は「やっぱり」と言った。
「でも、あんたみたいな人、嫌いじゃないですよ、俺は」
 そう言う人ばかりならいいのに、と彼は呟く。そうしたら、俺は……と続けられたような気がしたのは錯覚ではないだろう。
「君……」
 いったい、彼は何を抱えているのだろうか。しかし、何と言えば、それを聞き出せるのかがわからない。
 まるでその困惑を感じ取ったかのように彼はきびすを返す。
「……失礼します」
 そのまま、立ち去る。ひょっとして、自分がここにいたせいで彼の邪魔をしてしまったのだろうか。
 だとしたら、と思ったときだ。
「今のは、どなたですの?」
 いったいいつから見ていたのだろう。ラクスが歩み寄りながら問いかけてきた。
「わからない」
 でも、とキラは首をかしげる。
「きっと、ここで大切な人を亡くしたんだと思う。とても傷ついているようだから……」
 同時に、何かに憤りを感じているような気がする……と心の中で付け加えたときだ。彼の瞳が誰のそれに似ているのか、思い出せた。
「メンデルであったときのラウさんに似ているんだ……」
 ぼそっとそう呟く。
「キラ?」
 ラクスが不審そうに問いかけてくる。しかし、キラ自身、それをうまく説明できない。
「彼が、自分の痛みに支配されないといいんだけど」
 そうすることで、周囲が見えなくなる。その結果、彼自身が被害を与える側になりかねない。
「……大丈夫ですわ、キラ」
 直ぐにラクスが言葉を綴り出す。
「ラウ様にあなたがいたように、きっと、彼も見つけられますわ」
 どんなに時間がかかろうとも、と彼女は微笑む。
「それよりも、戻りましょう」
 あの方がやきもきしておいでですわ……と続ける彼女に、キラは苦笑を返した。



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最遊釈厄伝