「散歩に行きましょう」
 この言葉とともにラクスに部屋から引っ張り出されたのは、三十分ぐらい前のことだっただろうか。
 しかし、見える光景は先日までのそれとは違う。
 先日まで皆で暮らしていたあの家は、ユニウスセブンの落下の余波で壊れてしまった。そこにあった思い出の品も、ほとんどがほとんどがどこに行ってしまったのかがわからない。
 だが、そこにいた人は皆無事だった。
 その事実が、キラの悲しみを和らげてくれたことは否定しない。
 ただ、今側に彼がいてくれない。そのことだけは寂しい。そう考えているのがわかるのだろう。ラクスはよくこうして子供達と一緒に自分を連れ出してくれる。
 そんなキラを気にかけているのか――それとも、たんに暇なのか――今日はアスランも付いてきた。
「……アスラン、じゃまぁ!」
「アスランはあっち行け」
「僕が手を繋ぐの」
 しかし、子供達にしてみればそれが気に入らなかったらしい。口々にこう言いながら、彼がキラに近づくのを邪魔している。
「お前達!」
 案の定と言うべきか。アスランが怒りを見せる。
「あらあら、ダメですわよ。男の子達の『誰かを守りたい』という気持ちを摘み取っては」
 それでは、彼等の成長を邪魔することになります……とラクスは微笑みながら告げる。だが、その瞳はまったく笑っていない。
「大丈夫。キラ一人でしたら、わたくしがフォローできます」
 それも何か違うような気がする。確かに、ラクスは強いが……とキラは小さなため息を吐いた。でも、自分よりも彼女の方が華奢なのだ。
 確かに、コーディネイターの身体能力はその外見と比例しないが、一応、自分はMSのパイロットだったのに。そんなことも考えてしまう。
 その時だ。
 最近珍しくなったガソリンエンジンの音が近づいてくる。
 それに視線を向ければ、ドライバーもこちらに気付いたのだろうか。少し行きすぎたところで止まった。
「……ラウさん?」
 ドアを開けて降りてくる人物の、豪奢とも言える金髪に、キラは思わずこう呟いてしまう。
「そのようですわね」
 微苦笑と共にラクスが頷いてみせる。
「どうやら、あなたがこちらにいると聞いて、顔を見に行かれるところだったのでしょう」
 真っ直ぐに歩み寄ってくる彼に、ラクスは微苦笑を浮かべた。そのまま彼女は視線を流す。そこには一歩踏み出そうとしているアスランの姿がある。
「みなさん。キラとラウ様の御邪魔をしてはいけませんから、わたくしたちはお散歩の続きをいたしましょう」
 ラウのお話は帰ってからゆっくりと聞けるだろうから、と彼女は続ける。
 その意図を察したのだろうか。
「わかった!」
「アスラン、おんぶして!」
「抱っこがいい」
「手を繋いでくれてもいいわよ」
 即座に女の子達がアスランに襲いかかった。
「こ、こら!」
 相手がまだ年端もいかない少女達では、アスランも強引に引きはがすことが出来ないらしい。慌てて逃げ出そうとする。しかし、その時にはもう、しっかりと取り囲まれていた。
 いや、その中には女の子達だけではなく、先ほどまで彼がキラに近づくのを邪魔していた男の子達の姿もある。
「では、みなさん。お散歩の続きをしましょう」
 ラクスが高らかに宣言をした。
「はーい!」
 それに返事をすると同時に、子供達が歩き出す。その真ん中にいるアスランも、だ。
 いいのだろうか、これで。遠ざかっていくアスランの声を聞きながら、キラは首をかしげた。
「おやおや。気を遣わせてしまったかな」
 直ぐ傍まで来ていたラウが小さな笑いと共にこう言ってくる。
「ラウさん」
「でも、おかげで誰の目もはばからずに君を抱きしめられるね」
 言葉とともに、彼の腕がキラの体をしっかりと抱きしめてくる。
「そうですね」
 頷くとキラはそっとからだから力を抜いた。
「ラウさんに会えて、嬉しいです」
 抱きしめてもらえるのも嬉しい。そう口にする。
「いいこだね、君は」
 彼は微笑むと「ご褒美だよ」と囁いてそっと口づけてくれた。



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